劇作家で評論家の山崎正和さんが亡くなった。現代日本の「知の巨匠」「最大の知識人」などとも言われた。訃報に接した後の週末の時間は、『柔らかい個人主義の誕生』や『世界文明史の試み』などの大論考を、赤線やマーカーを引いてある部分を中心にざっと読み返した▼劇作家としての仕事に触れることはなかったが、その文明論にはいつも目を見開かされる思いがした。各紙に追悼が載ったが、幅広い知識、深い思索、明快な文章、そして人間性、どれをとってもこのような人はもう現れないだろうと、影響を受けた各界の重鎮が語っている▼なかなか日本に根付かないといわれるメセナ活動だが、山崎さんが設立にかかわり、その後も中核的存在だったサントリー文化財団は、学芸賞などを通じて現代の日本を代表する知性の育成に貢献している。サントリー学芸賞は「僕の一番の業績かもしれない」と語っていたともいう▼中央公論に最近載った論考「21世紀の感染症と文明」は秀逸だ。日本人の公徳心、ジャーナリズムのあり方、感染症と人類の戦いの歴史、グローバル化の行く末、未来世代との平等の問題などの観点から鮮やかに問題を照射する。コロナ禍に関する最高レベルの論考と言えるだろう。これが山崎文明論の最後の輝きになってしまった。残念でならない。(20・8・26)

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