ベテラン記者が退社した。39年間、記者一筋だった彼が入社した頃はバブル全盛。しかしパソコンなど世になく、原稿は手書き。それを取材先のFAXを借りて送るのが日常茶飯事だったという▼彼曰く、必需品だったのが十円玉。携帯電話などないため、取材が終わり原稿を送る前にデスクへ連絡するのに、電話ボックスに駆け込む必要があった。テレホンカードが世に出たのは、彼が入社した翌年の1982年。薄くて軽いカードの登場は、常に多くの十円玉を持ち歩く毎日を一変させた▼私が記者として現場に出た20年前は、ワープロで原稿を書いていた。パソコンの売り上げがワープロを追い抜いたのが1999年だから、まだワープロは健在だった。帰社して1つ原稿を書いたら、1枚のフロッピーディスクに記憶させ、メモ書きを添えてデスクに渡す。1日数百枚のフロッピーディスクが報道フロアを行き交っていた▼今や原稿作成はパソコンだ。出先からすぐ送ることができる。デスクへの連絡も携帯電話。あと20年経ったら、頭で考えた言葉がすぐ文字化されるデバイスが発明されているかもしれない▼しかし退社した記者はこう言い残した。「道具がどんなに便利になっても、生かすも殺すも使い手次第」。何を報道するか。時代は変わっても原点を見失ってはならない(20・7・20)

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