- 当初3月に予定していた中期経営課題と長期経営ビジョンの発表を5月に延期しました。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、内容を変更したのでしょうか。

 「変えてはいない。延期した理由は、3月に人を集めての発表ができなかったことと、当時はウェブ会議の対応が不十分だったからだ。コロナ禍で当初の予想よりもデジタル化の流れが加速しているが、地球環境問題やエネルギー問題、健康長寿、新興国の人口増加など、今後の課題は変わるものではない。コロナ禍の不透明な状況で、長期ビジョンや決算の見通しなどができるのかという声も確かにあった。しかし、ある前提を元に、しっかりとした計画を立て、すべき手をすべて実行していく必要がある。その時々の環境変化をインプットして、必要があれば変えることもあるだろうが、今は変える必要はない」

 - 足元の状況はいかがですか。

 「世界的に新型コロナウイルスが感染拡大するこの状況では、とくに上期にシビアな影響が出るだろう。これまでにないような体質強化が必要だ。固定費の削減などに徹底的に取り組んでいく。ただ、コロナは一過性のもの。ワクチンが開発され、簡便な検査装置ができれば、ほぼ制圧することができる。しかし、それまでの間に会社をつぶすわけにはいかない」

 「これは、世の中に対しても全く同じことがいえる。中小企業が倒産の危機に瀕しているが、国としてはこれらの企業を決してつぶしてはだめだ。賃金や家賃などを時限立法的に国が補償するなどして、何とかしてこのコロナ危機を乗り切っていかなければならない。補償については国の借金を懸念する声もあるが今は異常事態だ。借金が1割か2割が増したとしても、長期的な計画を立て、正常化していく道筋を歩むべきだ」

 - これまでも体質強化に取り組んできましたが、改善の余地はあるのでしょうか。

 「例えばPETフィルムを例にとると、ビデオテープ用のフィルムから現在ではMLCC(セラミックコンデンサー)用離型フィルムなどの高機能品に生産がシフトしている。これは成長市場に応じて主力品の生産を変えているからだ。同じ製品を作り続けていれば生産性を改善する余地もないだろうが、新たな製品で事業を拡大しているため、見直すべき点は必ず見つかる。その改善を徹底して行う。新たな製品を立ち上げ、拡大しながら体質強化をすることが理想だが、絞りながら拡大することは不可能だ。近年、拡大に注力してきた事業を対象に見直しを進めていく」

 - 長期ビジョンでも指摘されていますが、地球環境問題解決への要請が高まっています。

 「今の問題は、化学工業品を大量に安く作って、それを捨ててしまうことにある。この構造を変え、リデュース、リユース、リサイクルを徹底させることで、捨てない方向に社会全体をシフトさせていく必要があるだろう。レジ袋の有料化などもどんどん進めるべきだろうが、まずは捨てないようにすべきだ。今はプラスチックが悪者にされているが、プラスチックは例えば自動車の軽量化には必要不可欠な材料といえる。また、化学製品の繊維や防護服、マスクなども皆が恩恵を受けている。それこそ石油の採掘事業者から最終消費者にいたるまで、皆が負担を分担して、有効に化学製品を使い回せるような社会を構築できれば、安易に捨てることや無駄な使い方もすることがなくなるのではないか。デメリットを化学工業のせいだけにするのではなく、廃品回収の制度なども変えていく必要もあるだろう」

 「一方、バイオ原料や生分解性の素材は、この大量破棄に対する解にはならない。だが、資源の枯渇に対応するという観点では重要な要素で、当社としても例えば100%バイオポリエステルの開発などを進めている。生分解性プラスチックがいくら地中や水中で分解されるといっても、安易に捨てられ、仮に2年間分解しないで放置されているようでは今の環境問題の解決策にはならない」

 - 今後10年間、引き続きライフイノベーション(LI)事業やグリーンイノベーション(GR)事業に注力される方向性を示しました。

 「成長分野でのグローバルな拡大に向け、投資を実施している。ハンガリーでリチウムイオン2次電池(LiB)用セパレーター、インドでポリプロピレンスパンボンドなどの生産拠点を立ち上げている最中だ。新型コロナの影響で当初計画から半年程度の遅れとなりそうだが、現中計の最終年度となる2022年度内までにはフル稼働を実現させたい」

 「長期ビジョンの期間内で期待しているのは、医療医薬の分野だ。心房細動の治療に用いるアブレーション(心筋焼灼)カテーテル『サタケ・ホットバルーンカテーテル』は、安全性や有効性、操作性を改善した20年モデルの開発をほぼ終えている。認可の問題もあり海外では2年ほど展開が遅れるかもしれないが、今後大きく伸ばすことができるだろう。また、がんの早期発見に寄与するDNAチップとがん免疫治療薬の抗体医薬の取り組みも加速していく。とくに抗体医薬は、多くのがん種に発現する新規抗原に対する抗体医薬で、動物モデルではがん細胞の縮退を確認している。米国などでは臨床開発を展開しているが、この抗体医薬を投入することができれば、がんの制圧も夢ではなくなるだろう」

 - 医療医薬分野以外での注目市場は。

 「エネルギー関連についていえば、水素が重要になるだろう。EV(電気自動車)の利活用を重視する声も上がっているが、EVに搭載したLiBに蓄電するには、どこで電気を生成するかが問題となる。その点、水素なら例えば風力発電で電気を作り出し、水分解で水素にして小さなタンクで取り扱うことができるので、フレキシブルな運用が可能となる。今では欧州や中国でも水素社会の実現に向け、急速に整備が進められている。まずはトラックやバスなどのFCV(燃料電池車)で本格運用されるだろうが、FCVの開発と同時に水素ステーションの整備が普及のカギを握ることになるだろう」

 - 社長就任以来10年が経過しましたが、この間に発言のぶれがありません。

 「常に言い続けている言葉がある。それは、『基本に忠実に、あるべき姿を目指して、やるべきことをやる』ということ。これを実行する以外の道はないと考えている。米中貿易摩擦や今回の新型コロナのような環境変化はあったが、事業拡大や地産地消のサプライチェーンの構築、体質強化など、やるべきことはすべて着手してきた。その点に対しては悔いはない。時に状況に流され、判断に迷うこともあるかもしれないが、それが本当に基本なのか、常に自問し、基本に立ち返ることを徹底している」(聞き手=加藤木学)

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