当時は帝大の前を電車が走っていた…電車が通っている道も砂利道だった…春になって温い風が吹き始めると埃が立ち、その為に電車通りに並ぶ古本屋の店先の本がざらざらした…。途中何カ所か省略したが、これは吉田健一の小説『東京の昔』の一節。東京は最初から舗装されていた都会ではないという当たり前のことがとても新鮮に感じられる▼いま東京では舗装されていない道を見つけるのは難しい。そして舗装の多くはアスファルト舗装だ。いつもどこかであのにおいをさせながら工事が進められている▼世界で初めてアスファルトが舗装に使われたのは、紀元前600年ごろ、古代メソポタミア文明の中心都市バビロンの道路だろうといわれる。その後、中世における長い低迷期を経て、アスファルトが道路舗装に本格的に使われるようになったのは19世紀半ばだという▼日本で最初のアスファルト舗装は1878年のこと。東京・神田の昌平橋で、秋田産の天然アスファルトが使われた。本格的な普及は、1903年に自動車が初めて輸入されて以降。自動車の普及で粉塵の発生が大きな問題となっていた▼おかげで便利になったが、夏の夜の涼や風情など失われたものもある。愛惜の念は募るけれど、さりとて砂利道だらけの昔へ行けと言われてもやっぱり困る。(20・3・18)

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