攻め寄せる大軍をわずかな兵で打ち破った戦いはと問われ、桶狭間の戦いを挙げる人は少なくないだろう。今川義元率いる2万強ともいわれる軍勢を、織田信長は2000ほどの兵で撃破。信長は天下布武を目前に非業の死を遂げるが、戦乱の世を終焉させる礎を築いたといえよう。461年前のきょう(旧暦)は、その史上最も有名な戦いの一つが行われた日▼桶狭間の戦いは信長にとって運が味方した部分もある。信長公記によると当日は「石水混じり」とあり、雹(ひょう)が降ったとみられる。突然の悪天候に休憩する敵を急襲できたとの見方もある。運も実力のうちだが、信長は総勢2万強に及ぶ敵軍を合戦時までに何とか5000ほどにまで減じる策をいくつも講じるなど、持てる知略を存分に発揮させたことが最大の勝因であろう▼パンデミック、人口爆発、AIの進化などの同時多発は人類史上初めてであり、我々は不確実な時代を生きている。しかし終わりのない戦乱の世こそまさに先の見通せない時代だった。生死を賭けて走り抜けた戦国武将たちに学ぶべきことは少なくない▼信長は敦盛の「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」を好んだという。現代は人生100年時代。2倍も生きることができる幸せを感謝し、精一杯生きる必要がある。(21・5・19)

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