「炭素」を主人公とする読み物を何冊か読んできた。『炭素文明論』(佐藤健太郎)、『炭素はすごい』(齋藤勝裕)などが記憶に残る。炭素はさまざな物質と結合して無数といえるほどの有機化合物を生み出し、現代の文明社会を支えているから、自然と書物の数も多くなり、書き手の切り口も多彩なものとなる▼ここに読み応えある一冊の本『交響曲第6番「炭素物語」』(ロバート・M・ヘイゼン著、渡辺正訳)が加わった。音楽と文学、そして化学が化学反応したような謎めいたタイトルである。なぜ「交響曲」、どうして「6番」。「6番」はたぶん原子番号6からだろうと見当はつくだろう。では、「交響曲」は…▼アリストテレスの4元素説がタイトルと本の構成にかかわる。宇宙は、土、空気、火、水の4元素で構成されるとする説だが、周期表に並ぶ元素のうち炭素だけが、「4元素」の全部にからむと著者ヘイゼンは気づく。それなら楽章4つの交響曲がふさわしい、と▼第1楽章は「土」(深部の炭素)、第2「空気」(旅する炭素)、第3「火」(暮らしの炭素)、第4「水」(生命の炭素)という構成で、それぞれの楽章の主題と調子、テンポが違う。ちなみにヘイゼンは、地質学者であると同時に、交響楽団のトランペット奏者。交響曲の見立ては彼ならではの着想である。(20・5・20)

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