知ることと行動することには、大きな隔たりがある。知識はあっても行動に移さないケースは多々あるだろう。頭では健康のために運動が大切とは分かっている。でもウエアに袖を通してシューズの紐を結び、ドアを開けることをためらってしまう。

 超高齢化社会を迎え、医療費の抑制が重要課題になっている。有望視される解決策の一つに、薬局で購入できる市販薬(OTC医薬品)による“自助”、すなわちセルフメディケーションがある。軽い症状は病院に行かず、自分で対処しようという提案だ。患者の負担を減らすため、対象となるOTC医薬品の購入費用を控除する制度もあり、適用の範囲は拡大基調にある。この「セルフメディケーション税制」の認知度は7割に上るという。

 だが実際の制度利用率とのかい離は大きいようだ。その存在を知っていても「国民皆保険なのだし、ちょっと調子がおかしいと思ったら医者に診てもらおう」と考えるのは自然な流れだろう。

 患者だけでなく医師、薬剤師も、処方薬をOTC薬で代替できる可能性について認識が低いようである。医療相談アプリを運営し、OTC薬の使用推進を重視するリーバーの伊藤俊一郎社長は「勤務医時代に私も感じていたことだが、オンライン診療で処方された薬の9割がOTC薬に代替できる」と語る。

 健康に関する正しい情報を取得し、自らに合った方法を選び取る力を“ヘルスリテラシー”と呼ぶ。聖路加国際大学大学院の中山和弘教授によれば、情報の入手、理解、評価、意思決定の4つが、その柱だという。そして2014年に行われた国際調査で、日本はこのリテラシーの水準が対象国であるEU8カ国およびアジア6カ国中で最下位だったそうだ。「○○が体に良い」とTVで放送されれば、店頭からその商品が消えるといった現象は、この結果を裏付けているように思える。

 中山教授は「自分で正しい情報を学び、意思決定できること自体が健康であるとも言える」と話す。そして知りうる限りの選択肢を集めた後、自分の価値観に合ったものを選ぶことが重要であるとも指摘する。

 自分にとって何が正しいのかを知ることは自分自身を知ることでもある。習慣化できる運動は何か。それらの効果は自分に何をもたらし、リスクがあるのであれば、どう避ければいいのか。強度、頻度は、どのくらいにすれば体と心が心地良いのか。自分の最適解を突き止めたころには、ドーナツに手を伸ばす誘惑に打ち勝てるようになっているかも知れない。

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