「日本合成ゴム」として1957年に創業したJSRが転換点を迎えている。このほど発表した2025年3月期までの新経営計画で、半導体材料を中心とするデジタルソリューション事業と、ライフサイエンス事業へのシフトを打ち出した。その両事業のみでJSRとして07年3月期以来となる過去最高益を目指す。一方、祖業の合成ゴム事業では『制限なき構造改革の断行』に着手。昨春の米系アクティビストによるJSR株取得も含め、わが国の石油化学産業の黎明期を彩った同社の新たな歩みが業界の注目を集める。その『進化』をけん引するエリック・ジョンソン最高経営責任者(CEO)に展望を聞いた。

◇…CEO就任から2年近く経ちますね。

 「JSRは純粋な合成ゴム企業から電子材料事業、そしてライフサイエンス事業に至るまで、事業内容の『進化』を続け繁栄したという創業以来のDNAがある。CEO就任時に考えたのは、その哲学と投資を加速せねばならないということだ」

 「これから、強力な成長ドライバーは半導体材料事業とライフサイエンス事業となる。ここに資金を投入する。ディスプレイ材料事業とエッジコンピューティング事業はキャッシュを創出する上で適切な事業構造を確保するし、継続は可能だとわれわれも考えている。だが、あくまで成長要因は半導体とライフだ」

◇…昨春には米国大手アクティビストのバリューアクトが株式の7%超を取得しました。

 「一般的にアクティビストは経営にあれこれ口出しする存在だと思われがちだが、バリューアクトはまったく違う。彼らはJSRの経営戦略を後押ししてくれる組織だ。彼らはいかなる挑発的な争いも好まず、経営陣の戦略遂行を支援したいと考えてくれる」

 「JSRの社外取締役に内定したバリューアクトのロバート・ヘイル氏は、先方から取締役会に入ろうと要請されたのではなく、私の方から就任を打診した。話し合いを通じて彼らを知れば知るほどわれわれは安心し、特に豊かな国際的知見を持つヘイル氏に感銘を受けた。取締役会のダイバーシティも増し、JSRの成長に資するだろう」

◇…半導体材料事業の成長目標は市場成長率の2倍以上と野心的ですが、中長期的に中韓の化学メーカーによる参入リスクは無いのでしょうか。

 「傲慢な印象を与えたくないのだが、半導体材料事業の参入障壁は非常に高く、簡単にまねできるものではない。中国でも産業投資が活発になっているが、追いつくのは簡単ではないだろう。だが中国の半導体産業の成長ポテンシャルには期待している。当社としてこの成長市場をどう下支えするか考えていきたい。地政学的リスクが高まるなかで、世界各地の顧客に供給できる体制を整備していくことも重要だ」

◇…エッジ・ディスプレイといった光学関連事業は、売上高が下落傾向にも関わらず年率4%の成長を見込みました。

 「ディスプレイ材料事業では、昨年に開始した構造改革で生産能力と研究開発をすでに最適化した。韓国などから中国にシフトし、顧客基盤の面でよい地位を築けた。製品ポートフォリオでも、低温焼成技術に強みを持つ配向膜などでシェアを温存する一方、汎用化した着色レジストなどは製造を縮小する」

 「それでもディスプレイ材料はフラット(現状維持)という見通しだが、スマートフォンのカメラフィルターの用途などで年率20%の成長が見込めるエッジ事業が業績をけん引するだろう。事業戦略上、場所と規模の公表は控えるが、すでに顧客からの需要に応えるため、設備増強の投資を実行している」

 ◇…M&Aの戦略は。〝素材業界はプレイヤーが多すぎる〟〝M&Aの可能性もある〟という発言も過去にありました。

 「たとえば、半導体業界全体の付加価値は向上してきたものの、われわれの顧客の数は(M&Aなどを経て)減少してきた。一方、日本で半導体材料を扱うサプライヤーの数は減少しておらず、まだ私たちは同じ設備を購入し、同じことで競争している。これでは、資本集約的・研究開発集約的な産業で顧客へのサポートが不十分になりかねない。私の見解では、M&Aだけでなくパートナーシップでさえ機会を探れば、非常に多くの付加価値が得られると考えている。M&Aは1つの手段だ」

◇…外国人CEOとして日本発の企業を率いる感触は。

 「これだけは伝えておきたい。私はいわゆる『日本企業の外国人CEO』ではない。日本では外国人CEOと聞くと『よそ者』のように見られがちだが、私は違う。JSRで約20年働いてきて、会社に対して強い愛情がある。私が育った場所でもあり、深い人脈も築いている。経営陣・従業員をはじめとするJSRの『化学反応』(ケミストリー)は非常によい。それが私にとって重要なのだ」(八巻高之、赤羽環希、小林徹也) 

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