医薬品が効果を示さない薬剤耐性(AMR)を持つ病原菌問題が深刻だ。世界のAMRによる死亡者は2019年に約127万人と、エイズやマラリアの1・5~2倍に達している。一部の国の話ではない。日本でも、抗菌薬のメチシリンやフルオロキノロンのAMRによる死亡者は約8000人(17年)と、交通事故死の2倍以上に上る。

 AMRに対する治療薬の開発は日本では進んでいない。日本医療研究開発機構(AMED)は、新しい抗菌薬を優先的に開発する必要があるAMRの病原菌を16種挙げている。これに対する抗菌薬の承認(10~20年)は米国の17品に対し、日本は6品にとどまる。21年末時点で、欧米では臨床試験あるいは承認申請の段階に35件が進んでいたが、日本は3件と開発案件も極めて少ない。

 AMRに対する創薬は、そもそも難易度が高く、臨床試験は流行によって左右され、計画通りに進まない。開発に成功しても、新たなAMRを発生させないために処方量は制限される可能性があり、対象の感染症が収束すれば処方機会はなくなる。つまり「儲からない」。資本の効率性を求められる製薬大手が二の足を踏む最大の理由だが、米国では約10年前から新薬10品の創出を目標に据えて、産官学のエコシステム形成に取り組んだ。ベンチャーの創薬や臨床開発を支援し、承認後の収益を保証するための政策議論も進んでいる。

 日本も弱体化した創薬基盤の立て直しが急がれる。日本製薬工業協会のシンクタンクによると、1990年代に日本で承認された新規抗菌薬は27品あったが、2010年代には11品と大きく減った。かつては多くの国内製薬会社が重点に掲げた感染症を、いまも中心に据える企業は数社しかない。細くなった大学との連携を活性化させ、資金を循環し、基礎研究を底上げすることが欠かせない。

 資金力に乏しい海外ベンチャーが日本に進出するのは難しい。代わりに、日本の製薬会社は、海外の有望新薬を導入して日本での実用化を担うべきだ。重点から外れた感染症に経営資源が振り向ける余力がないのであれば、行政を含めた業界が一体となって役割分担をもう一度、考える必要がある。

 日本の感染症分野における創薬力が衰退する最中、新型コロナウイルスが出現した。国産のワクチンも治療薬も、いまだに実用化できず、海外に頼るしかないという現実がある。コロナを教訓に国を挙げた感染症対策が相次ぎ動き出す。着実に成果につなげ、日本の製薬産業の存在感を世界に示したい。

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