新型コロナウイルスの感染拡大に、化学プラントのメンテナンス業界が警戒を強めている。2020年も国内では多くの定期修理(定修)が計画され、間もなく大型定修が集中する春の「メジャーシーズン」を迎える。現時点で各社とも予定通り実施する方針は変わらない。ただ、緊急事態宣言にともなう自治体の厳格な外出自粛要請が出されたり、現場で感染者が出たりした場合などでメンテナンスや検査に必要な人員が揃わず、定修が当初計画より長引く可能性もある。こうした事態を想定し、経済産業省も高圧ガス保安法の特例措置を設ける方向で調整を進めている。
 例えばエチレン設備では国内12基のうち6基が定修を実施する「集中年」にあたる。このうちJXTGエネルギー川崎製造所(川崎市)と東ソー四日市事業所(三重県四日市市)が今月下旬までの予定で実施中。「定修の進捗は順調で、立ち上げも計画通りの予定」(東ソー)だ。
 春のメジャーシーズンでは、三菱ケミカル茨城事業所(茨城県神栖市)、丸善石油化学千葉工場(千葉県市原市)が大型連休明けから7月まで約2カ月、三井化学大阪工場(大阪府高石市)が6~7月までの予定で定修に入るが、現時点で「計画に変更はない」(丸善石油化学)。
 国内ではエチレン設備以外の石化プラントでも定修の計画が多く組まれている。国内2工場で2年に1度の定修が控えるKHネオケムは「計画通り実施する予定」と話す。
 政府は7日に緊急事態宣言を発令した。対象となる7都府県には石油化学コンビナートを抱える千葉県や神奈川県、大阪府、化学プラントが集積する福岡県が含まれる。京葉コンビナートを抱える千葉県は「緊急事態宣言にともなう定修の計画延期は今のところ聞いていない」(産業保安課保安対策室)としている。
 「今までに経験したことがない事態に直面している」と、プラントメンテナンス業の全国組織、日本メンテナンス工業会(東京・港)の佐原薫事務局長は語る。工期までに仕事を終えるメンテナンス業としての使命を負う一方で、未曾有の事態への対応に警戒を強める。
 例えば、エチレン設備を核とする石化コンビナートが定修を実施する場合、全国からメンテナンスや検査に携わる人員が集まり、ピーク時は数万人規模に上る。すでに春の定修を控える石化コンビナートでも足場を組む作業が始まっている。定修の現場では作業員などが入構する際の消毒や検温、詰め所や昼食時間帯を広くとって「3密」を防ぐなどの感染症対策がとられている。
 だが、緊急事態宣言の発令や感染の状況次第で対象自治体による外出や県外などからの移動の自粛要請が厳しくなる可能性もゼロではない。さらに定修の現場で感染者が出ると該当する作業班全体が検査や待機を求められ、作業スケジュールに遅れが生じることも想定される。
 大規模な定修になると数年前から計画されるケースがほとんどで、それを受けて仕事を請け負うメンテナンス事業者は外注先を含めて作業にあたる人員を全国から集める。仮に定修の延期などが起こると、人員や宿泊先の確保、スケジュールの再調整などが必要になるが、多くの事業者や作業員は年間のスケジュールがほぼ埋まっており、調整の難航が懸念される。
 そもそも新型コロナの感染拡大が起こる以前から、化学プラントのメンテナンス業も他の分野と同様に働き手不足が深刻な問題となっている。日本メンテナンス工業会では女性、外国人材の活用に関する勉強会、ドローン(小型無人機)や通信端末を活用した図面起こしに関する研究会を開催するなど、業界全体が危機意識を持って対策を検討している。
 業界をまたいだ連携も始まっている。
 石油化学工業協会(東京・中央)や石油連盟(東京・千代田)、日本メンテナンス工業会など関係6団体は国内で重複するプラントの定修時期を平準化するための研究会を設定。例えばエチレン設備は稼働開始から50年以上が半数以上を占めるなどプラント全般で高経年化が進み、定修1回当たりの工事量や日数が増大。メンテナンスに携わる人材の不足などもあるなかで、工事の品質を確保するうえでも定修時期の分散化は待ったなしだ。同研究会では23年以降の定修からの適用を目指し、作業を進める方針だ。
 一方で、今回の新型コロナ問題による定修への影響を最小化するうえで、国の迅速な対応も不可欠になる。
 高圧ガス保安法では高圧ガスを取り扱う事業者に対して定期自主検査や保安検査が義務付けられ、検査の実施期間も定められている。ただ新型コロナの影響で定修や検査に遅れが生じると期限までに検査が受けられない事態も起こり得る。
 このため経産省は高圧ガス保安法の省令を改正する方針で、早ければ今週末から来週にも発出するとみられる。具体的には新型コロナの影響を受けた事業者に対し、検査期限を数カ月程度延長できる猶予措置を盛り込む予定だ。
 まずは夏頃までに定修を計画する事業者が同措置の適用対象になるとみられる。しかし定修では同じ事業者が複数の現場を請け負っているケースが多く、新型コロナによるメンテナンスや検査の遅れが他の現場のスケジュールに及ぶ可能性もある。このため「今回の措置を施したうえで、状況を踏まえながらその先を見据えた対応も行っていく」(経産省商務情報政策局高圧ガス保安室)としている。(小林徹也、石川亮、松井遙心)

東ソー四日市事業所のナフサ分解炉

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