今更聞けない化学産業の基本を分かりやすく解説:『化学肥料・硫酸』編
今さら聞けない化学産業の基本を分かりやすく解説、6本目の今回は化学肥料・硫酸について解説します。
化学肥料について詳しく解説
植物の栄養素として大切なのは「窒素」「リン」「カリウム」の3つで、これらは「肥料三要素」と呼ばれています。
これらの無機栄養素は土壌中で不足しやすいため、農作物を育てる際には土壌に補充する必要があります。無機養分を化学的に処理して加工したものを化成肥料といい、単一の物質からなるものを単肥、複数の物質からなるものを複合肥料と呼びます。複合肥料のうち、肥料成分が30%以上のものを高度化成肥料、それ以下のものを普通化成肥料といいます。
世界の人口は現在約81億人で、2050年には97億人を超えると予想されています。この人口増加に伴い、食料の需要も中長期的に増加すると考えられています。地球上の農地は限られているため、増え続ける人口を養うためには、農地の収量を増やす必要があります。食料の確保において、肥料は欠かせない存在です。作物の収穫とともに土壌から失われる栄養素は、肥料で補わなければなりません。
求められる肥料の技術革新
適切な肥料を使うことで、農作物の品質が向上し、それを食べる人の健康も改善されます。肥料の革新は世界的な課題であり、国際連合食糧農業機関(FAO)は、持続可能な穀物生産に向けたガイドブックで、推進すべき技術革新の1つとして肥料を挙げています。これは、従来の肥料が土壌の特性に合わず、特にアフリカなどの貧困地域で十分に機能していない現実や、肥料の20~80%が植物に吸収されずに環境に流出し、環境に負担をかけているという認識からです。
FAOは、土地に与えるのではなく、直接植物に効く肥料を求めています。肥料の利用効率が向上すれば、土壌の回復や農業システムの再生と持続可能性の向上、環境中への窒素酸化物の排出削減、生態系の健全化につながると期待されています。
米国のバーチャル肥料研究所によると、植物生理学の分野では、植物が微量要素を含む肥料成分を吸収する際の拮抗や相乗作用が明らかになってきています。また、土壌と吸収の関係についても、pHの影響以上のことがわかってきており、これらを応用することで、肥料の利用効率の向上が期待されています。作物や地域ごとに適切な成分構成を開発するだけでなく、発芽を助ける種子コーティング肥料や、葉茎への散布、吸収されやすいナノカプセル型など、新しいアイデアも提案されており、従来の肥料の概念を超えた「再設計」が求められています。
日本における肥料への取り組み
日本では、政府が「農家の所得倍増」を目標に掲げており、それに向けて肥料業界においても適正な肥料の使い方や省力化、生産への投資が進められています。企業統合による合理化も進んでいますが、農業を成長産業にするためには、生産コストの削減だけでなく、農産物の価値を高めることも重要です。
この目標の背景には、日本の農業が衰退している実態があります。2021年に公表された「農林業センサス」によると、農家の数は2015年と比べて約19%減少し、販売農家の農業就業人口も約23%減少しました。農業就業者の平均年齢は67.8歳で、そのうち65歳以上が約69%を占めています。
全国農業協同組合連合会(JA全農)は、2017年から銘柄の集約や購買方式の変更を進め、肥料価格の引き下げに努めています。政府も2017年に「農業競争力強化支援法」を施行し、肥料価格の引き下げを支援しています。政府は肥料を「事業再編促進対象事業」と位置付け、事業再編による合理化や生産性向上を目指しています。
肥料に関する大きな変化として、養液栽培システムの拡大があります。このシステムは、土壌以外の固形培地や水中に根を張らせ、必要な肥料成分と水を液体肥料で与えて栽培する方法です。新しく農業に参入する企業や農業を始める人々に広がることが期待されており、東南アジアや中国などの砂漠や高温地帯でも導入が見込まれています。
また、最近注目されている新しい肥料に「バイオ肥料」があります。窒素は空気中にたくさんありますが、植物は反応性の高い他の窒素化合物に変換(固定)しないと利用できません。ただし、マメ科植物は根粒菌と共生することで大気中の窒素を栄養分として取り込むことができます。この作用を他の植物でも可能にする微生物がバイオ肥料です。
日本はこの分野で、植物と相互作用する微生物を効率的に分離・培養・選抜する技術で先行しています。バイオ肥料は、食料増産と環境保全を両立できる方法として世界的に注目されており、大きな経済効果も期待されています。
先端技術を活用した「スマート農業」にも注目が集まっています。スマート農業は人工知能(AI)、モノのインターネット(IoT)、ロボット、ドローン、情報通信技術(ICT)などを用いて農薬散布や施肥といった農作業の効率化を目的としています。農薬や肥料の使用量を適正化して農家の経済的基盤を支えるとともに、農作業を効率化・簡略化することで農家の持続可能性を高め、新たな担い手となる若年層や農業法人など新規参入者を呼び込むためにもスマート農業の普及が求められています。
現在の課題
肥料の製造コストの約6割は原材料費で、その多くを輸入に頼っているため、国内の肥料価格は国際市場の影響を大きく受けます。特に、日本が全量を輸入しているリン鉱石や塩化カリウムは、今後も世界的に需要が増えると見込まれていますが、これらの資源が特定の地域に偏在しているため、供給不足の懸念があります。2008年のように国際市場が急騰する可能性も否定できません。このため、日本では新たな輸入先の開拓や、国内で未利用資源(鶏糞焼却灰など)を使った肥料の製造、リン酸やカリウム成分を抑えた肥料の開発、下水汚泥からのリン回収技術の確立と普及が必要とされています。また、複数の企業が協力して原料の調達、輸送、保管を行うことも、肥料産業のコスト競争力を強化する有力な方法です。
各メーカーは、機能性が高くコストパフォーマンスに優れた製品や技術の普及にも力を入れています。例えば、肥料の表面を樹脂などでコーティングし、効果を長期間持続させるコーティング肥料、家畜の糞など安価に調達できる原料を使った有機質肥料、肥料の三要素(窒素・リン・カリウム)に鉄やマンガンなどを加えた微量要素肥料などがあります。
肥料は農業生産に欠かせない資材です。日本の農業の発展のためには、官民が協力して知恵を出し合い、肥料産業の持続的な発展に力を注ぐことが求められます。
硫酸について詳しく解説
硫酸は、世界で最も生産・消費されている化学品です。近年の世界的な情勢の変化により、硫酸の消費についても影響が見られます。供給に関しても市場の影響を受けやすく、各企業先を見越した在庫等の工夫が必要です。
硫酸は石油や銅、亜鉛などから副産され、非鉄金属の製錬ガスや硫化鉱、天然ガス・石油精製からの回収硫黄が主な資源です。世界的には、回収硫黄が全体の6割強、製錬ガスが3割、硫化鉱が約1割を占めています。
硫酸の生産量は、非鉄製錬や天然ガス生産、石油精製の稼働率によって変動します。近年、中東などで非鉄・石油ガスの生産能力が拡大しているため、世界の硫酸生産量も需要量も年々増加しています。これは、各国の農業政策に合わせて、肥料用途を中心に需要が増えているためです。
このコラムについて
このコラムは『ケミカルビジネス情報MAP2024』を要約したものを掲載しています。
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