
木の中の“黒い名脇役”——リグニンという未利用の木質資源の代表例
木がまっすぐ立てる理由

木はどうして、あんなにも固くてまっすぐに伸びるのでしょうか。その秘密を握るのが「リグニン」という物質です。木材や植物の細胞壁は主にセルロース、ヘミセルロース、そしてリグニンの三つからできています。このうちリグニンはおよそ20〜35%を占め、いわば“植物の骨格を固める接着剤”のような役割を果たしています。リグニンがあるからこそ、木は倒れずに天へ向かって伸び、水を通さず風雨に耐えることができるのです。
世界で二番目に多い天然高分子
リグニンは、植物が光合成でつくる小さな有機分子が複雑につながってできた天然の高分子です。その構造は非常に入り組んでおり、同じ木でも場所によって異なるため、まったく同じ分子構造のリグニンは存在しないと言われます。この複雑さがリグニンの魅力でもあり、扱いにくさの理由でもあります。しかもリグニンは、地球上でセルロースに次いで二番目に多い天然高分子。つまり、地球規模で見れば、まだ十分に活かしきれていない巨大な資源なのです。
改質リグニンで扱いやすく
実は、リグニンはそのままでは硬く、溶けにくく、ほかの物質となじみにくいという扱いづらさがあります。そこで登場するのが「改質リグニン」。これは、リグニンに化学的な処理を加えて、より扱いやすく、狙った特性を発揮できるようにした“改良型リグニン”です。
たとえば、国の研究機関で開発された方法では、リグニンを木材から取り出すときにポリエチレングリコール(PEG)を同時に結合させることで、もともと 溶けにくいリグニンを柔らかくし、プラスチックやゴムなどに混ぜやすくしています。こうして得られた「PEG改質リグニン」は、加熱しても安定し、さらに樹脂の中で均一に分散する性質を持つため、プラスチック製品や複合材料の改質剤として期待されています。
改質リグニンの応用範囲は広がりつつあります。たとえば、自動車の内装部品やバンパーに使われる樹脂の一部をリグニンで置き換えることで、軽量で環境にやさしい部品を作る試みが進められています。また、家電や家具の筐体や塗料への応用では、リグニンが持つ耐熱性や難燃性が生かされます。
さらに、 カーボン材料は、電池の負極材や電気自動車の部品、さらには断熱材などへの利用も検討されています。もしこれらが実用化されれば、木材から電池材料や高性能繊維を生み出すことができるという未来が現実のものとなります。
木の中に眠る未来の素材

リグニンの研究は今も進化を続けています。構造の複雑さゆえに解析が難しいものの、その分だけ可能性も無限に広がっています。リグニンをより柔らかく、より反応しやすくする改質技術が発展すれば、木材から生まれる高機能素材が次々に登場するかもしれません。
現在、パルプ製造の過程で生まれるリグニンを多く含んだ「黒液」は、ボイラー燃料として再利用され、製紙工場の自家発電やカーボンニュートラルに貢献しています。
近年は、こうした燃料利用にとどまらず、リグニンを未来のプラスチックや化粧品、カーボンファイバー、電池材料などへ生かそうという研究も進んでいます。
木の中には、私たちがまだ十分に気づいていない“資源の宝庫”があります。リグニンはその中で、地味ながらも確実に新しい産業を支える存在になるかもしれないという期待を持たれています。
「木を支える黒い名脇役」から、「産業を支える名脇役」 へ。リグニンの存在価値は変化していくかもしれません。
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