新型コロナウイルス感染症の流行把握で下水疫学調査が注目されている。下水疫学調査とは、体内に吸収されず水に溶けないウイルスなどの成分が便に残留することを利用し、下水成分の濃度を調査することで、一定の地域内で、どのくらいの感染者がいるのかを測定する方法。症状の有無に依存しないため、無症状患者を含めた実際の陽性者数が推定できる。先月14日には塩野義製薬が下水の定期モニタリングサービスを始めるなど新たなビジネスにもつながりつつある。(橋本隼太)

 日本での下水疫学調査は、新型コロナウイルス感染症以前、インフルエンザの流行調査として研究が行われた例がある。抗インフルエンザ薬「タミフル」「リレンザ」の濃度を測定することで、市中における患者発生数を推計した。2014年に「環境技術」紙に掲載された論文では、薬剤濃度による特定疾患の患者数推定は新たな疫学調査法として有用だと結論付けている。

 03年の中国での重症急性呼吸器症候群(SARS)流行では、大規模な下水疫学調査こそされなかったものの、感染者が収容された病院の下水サンプルからSARSコロナウイルスのRNAが確認されており、下水疫学調査の有用性が示唆されていた。

 20年3月、新型コロナウイルス感染症初期では、感染者が急増した欧州や豪州で最初期から下水の調査が積極的に行われた。新型コロナウイルスは腸の細胞に感染し、増殖することから、症状のない感染者の便からも検出される。実際、欧州では感染者が出ていないとされる地域でも無症状感染者が発生したことを突き止めている。また、ロックダウンなどの対応を行った際には、下水疫学調査の結果に基づいて、その対応の期間を調整することで、感染拡大の防止に貢献していた。

 日本では、6月に富山県立大学のグループが下水処理場から新型コロナウイルスの遺伝子検出に成功したと発表。以降、山梨大学のグループや北海道大学のグループが積極的な下水疫学調査に乗り出していた。しかし諸外国に比べ新型コロナウイルス感染症が抑えられていたため、下水中の検体が著しく少なかったことから、正確な検出が難しかった。

 こうしたなか、東京大学によるウイルス濃縮の最適手法開発、東北大学と北大による高精度化数理モデルの開発など全国的な研究の積み重ねを通じ、下水疫学調査は日本でも実用化へと歩みを進めた。

 国内でのウイルス検出成功報告から1年後の今年6月、塩野義製薬は下水疫学調査サービスを開始した。日本で同分野の研究を先導していた北大と10月に共同研究契約を締結。高感度検出技術を開発したことで、サービスとして提供できるレベルでウイルスの検出と定量的モニタリングが可能になった。

 さらに北大に加え、ロボティック・バイオロジー・インスティテュート(東京都江東区)、iLAC(茨城県つくば市)との4者提携により、大量検査の実施可能な自動解析体制も構築。大阪府での2カ月間の実証実験を経てサービス開始までこぎ着けた。

 新型コロナウイルス感染症における下水疫学調査は、企業、アカデミア、行政の3者が協力し合うことで、短い期間での実用化に成功した技術だ。ワクチンの接種が始まったが、デルタ株への有効性などについては疑問が投げかけられており、当面、感染状況の把握ニーズが途切れることはなさそうだ。

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