有効な治療薬やワクチンが存在しない未知の感染症が世界中に広がり、社会的、経済的な危機にまで発展している。突然浮上した大きなアンメットメディカルニーズに、製薬企業はどう応えるのか。メガファーマと呼ばれる欧米の大手製薬企業は、平時はM&Aや事業売却を推進して効率性を追求しているが、未曾有の事態を受けていち早く動き出している。流行の早期段階から治療薬などの開発参入を表明し、競合他社ともオープンに協力する。その1社である米ファイザーの原田明久・日本法人社長は、「今はわれわれのビジネスがどうこう考える時ではない」と話し、日本でも企業・業界を越えた産学官連携を呼びかけている。

 - 治療薬やワクチンの開発に取り組む意思決定が早いのはなぜか

 「研究開発型の製薬企業の使命として、前例のないパンデミックに立ち向かう治療法、ワクチンを確立することこそ、社会を混迷から救うことにつながる。ファイザーが持っている能力を提供して、社会を守る一翼を担うという強いコミットメントだ。各社の立場を越えて医薬品業界全体で英知を集結し、一日でも早くワクチンと治療手段を確立するような、これまでにないコンソーシアムの形成を提案した」

 「社内では、パンデミックの対応に専念する専門家のチーム(SWAT)を結成した。治療薬やワクチンを早く届けるため、COVID―19(新型コロナウイルス感染症)に特化している。重要なのは、いかにこの先の見えない状況をいち早く克服できるかだ」

 - 自社の主力事業に直結しないようなボランティアに近い取り組みも、最終的に企業の収益に貢献するか

 「今は、われわれのビジネスがどうこうと考える時ではない。われわれの持てる力を振り絞って、医薬品業界などの他のパートナーと力を合わせ、資源とノウハウを集結させ、この混迷の先に光をともす時だ」

 「米本社では業界全体での協力を呼びかける『5つの計画』を発表し、①分析ツールと知見の共有②私たちの人財の効果的な活用③当社の医薬品開発の専門性の活用④当社の製造能力の提供⑤連邦機関と連携―について、広く提案した。日本を含め世界規模で手を取り合って、迅速に行動することが必要だ」

 - 欧米のように実行力や経済力のある大手企業の存在が、日本にも必要と考えるか

 「人々の行動変容や政府・自治体の取り組みで感染拡大を抑制した後、ワクチンや治療薬を普及させる段階がくる。その時に備えて、医薬品業界の英知を集結させ、パンデミックを克服するワクチンと治療薬を確立しなければならない。国内外の製薬各社が協力してリーダーシップを取って、その目的を達成する努力を今まさにしなければならない」

 - ワクチンや治療薬の早期実用化に最も重要なことは

 「製薬企業間のデータ、技術、専門性、製造能力などの共有と、産官学の連携が必要だ。とくに日本の場合、公的研究機関とテクノロジーに長けた民間企業がタッグを組んで取り組むことが必須と考える。世界各国の研究機関や民間企業との強固な連携も必要だ」

 - 今後は感染症分野への研究開発投資を増やす製薬企業が増えると思うか

 「多くの医薬品企業が近年、感染症領域から撤退した。主な理由は、新薬開発コストと、国の政策や支払い側のイノベーションへの評価が合致していないこと。感染症の治療薬はさまざまな感染症に対応した開発が求められるが、それが単なる『コスト』とみなされると、企業にとってこの領域への投資が魅力的でなくなる。だが最近、欧米では少しずつ認識が変わってきている。各国がイノベーションに対しインセンティブを与え、感染症治療薬の開発を促進してきたからだ。当社は感染症とワクチンの領域を世界中でコミットし、日本でもさまざまなステークホルダーとイノベーションへの適切な評価について協業している。だがこの領域で成功するためには多様な製品が必要であるため、継続的に投資できる企業はひと握りというのも現実だ」

 - 次の新興感染症を想定して、製薬会社はどのような変革が求められるか

 「多くの製薬企業は今後、営業活動などで従来と異なる方法で迅速かつ柔軟に対応する必要があるのではないか。パンデミック終息後も、医療機関の診察や緊急以外の手術施行などが平常に戻るまで時間がかかるだろうから、われわれの営業活動が平常に戻るにはさらに時間がかかりそうだ。だからこそ、顧客との効率的なコミュニケーションの継続を可能にするテクノロジーなどに投資することが重要になる」

 「治験については、従来の医療機関への定期的な来院を基本とした臨床試験から、デジタル技術や治験薬の配送などを活用し、一部の来院をオンライン診療や訪問医療などで対応できるような、柔軟性のある開発体制を一段と強化する。また、治験データ収集の自動化やリモートモニタリング、リスクに基づくモニタリングなども導入しており、これらは今後も役立つはず。これ以外にもわれわれの活動は大きく変わっていくだろうし、COVID―19後の『new norm』はそうあるべきだと考えている」(聞き手・赤羽環希、三枝寿一)

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