●…新型コロナ前後で世界はどう変わりますか。

 「最初に言っておきたいのは、新型コロナウイルスは世界中に甚大な影響を与えているが、一過性であり恒久的に続くわけではないということだ。その前提で世界のトレンドについて考えると、コロナで変わらないこと、変わること、そして変わるか変わらないか分からないことについて、それぞれ大きく2つあると思っている」

 「まず、変わらないことのひとつは、世界の景気後退だ。世界経済は2018年後半あるいは19年の頭をピークに下降局面に入っていた。コロナ禍は低成長を下押しするが、景気後退局面であることに変わりはない。もうひとつは米中の覇権争いと貿易摩擦で、これはむしろ激化する恐れがあるが、米中の分断をべースにサプライチェーンなどを考えなければならない状況は同じだ。加えて、コロナによって生活安全保障を意識した国内回帰の流れがある。それが米中分断の流れにプラスされ、より複雑な対応が必要になってくる」

 「次に変わることについてだが、ひとつはデジダル革新が非常に加速することだ。人の動きが経済成長につながるというこれまでの考え方が変わり、働き方やビジネスのあり方も変わる。最新のデジタル技術が社会インフラに実装され、テレワークが進み、遠隔医療なども進む。もうひとつは、経済復興のための巨大な財政支出だ。これはカンフル剤だが必ず副作用が残る。リーマンショックのときにも中国の4兆元の財政支出で世界経済が立ち直ったが、鉄鋼、化学などの素材分野で生産能力超過が発生し、その後は世界経済の足を引っ張った」

 「分からないのは、グローバル化の進展と環境負荷低減への取り組みだ。グローバル化については、経済成長の原動力であると確信していたが少し揺らいでいる。生活安全保障と重なり国内回帰する、あるいは保護主義に反転していくのか、それともグローバル化のトレンドは変わらないのか、どちらに転ぶか分からない。環境負荷低減への取り組みは、長期的なトレンドとしては変わらないであろうが、コロナ後に経済の立て直しが優先され、進捗が遅れる懸念もある。一方で、コロナを契機に成長主義の限界がより強く認識され、社会課題解決の意識が世界的に高まり、SDGsやESGの流れが一層進むかもしれない」

●…住友化学はどう対応しますか。

 「冒頭言ったように、コロナは一過性のものである。一方で、製造業や産業界の役割は不変であり、科学技術がどういう方向で進んでいくのかについても今回のコロナでは何も変わらない。したがって、社会基盤を支える素材を安定供給するという化学産業の役割についても不変だ。今回、よく分かったのは、医療に関する素材や資材に関しても非常に多くの化学製品が使われているということだ。薬剤そのものはもちろん、マスクやガウンなどにも化学製品が使われており、化学産業の間口の広さ、つまり社会インフラを支えていることがより一層認識された」

 「社会インフラを支える素材メーカーとしての住友化学の役割も変わらない。技術を活用した新機能材料でさまざまな高機能産業をサポートし、社会課題の解決のために貢献していく。また、今後のグローバル化の世界的トレンドがどちらに進むか分からないと言ったが、住友化学はより一層、グローバル化を進めていく。ニューファーム社の南米事業買収などによって地域的にも質的にも国際化が進展しており、これをより深化させていく」

 「同時に、住友化学として変える面もいくつかある。さらなるデジタル化を前提とした意識や働き方はその一例だ。幸い当社は、VPN(社内接続ネットワーク)の整備やネットワークのセキュリティ整備、外部からアクセス可能な業務システムの導入など、従来からデジタルオフィスを推進していた。こうした準備がギリギリのタイミングで今回の事態に間に合い、テレワークを比較的スムーズに導入することができた。今後は、テレワークの効率を上げていくための新しい取り組みが始まる。フェース・トゥ・フェースでない環境でのマネジメントの仕方、され方、そして個人の意識の変革も必要だろう。日本独特の働き方である単身赴任も変わっていくのではないか。当社はまた、21年に東京オフィスの移転を控えているが、常時20~30%が在宅勤務という前提で考えると、必要な机の数、テレビ会議のためのブースなどオフィスのデザインが変わり、サテライトオフィスも一般的になるかもしれない。そうしたさまざまな変化を前提に、移転の準備を進めているところだ」

●…今回の危機を受け社内で言っていることは。

 「社内で繰り返し言っているのは、こういう不安定な時期こそ、安全・安定操業、環境保安、品質維持といった事業運営の根本的な部分をしっかりやっていくことが重要だということだ。その前提は、海外勤務者やその家族も含め、感染予防、健康確保である。なぜなら感染予防は、すなわち社会インフラにかかわる製品の安定供給と同じことだからだ。この点は毎回、従業員に伝えている。もうひとつは、コロナ禍は一過性のものなので、中期経営計画や経営方針には何ら変更はなく、ブレずにやっていく、ということだ」

●…社外や社会に対するメッセージは。

 「これまでさまざまな問題が起こったとき、イノベーションが解決の突破口となってきた歴史がある。化学産業はイノベーションの先兵の役割を担う産業であり、コロナ禍の前後でもそれは変わらないということを発信したい。復興を考えるときなどに使うBBB(ビルド・バック・ベター)という言葉がある。復興時には、以前より強靱な体制、良い体制を作るということだが、社会を支える化学メーカーの一社として、イノベーションを通じてより強靱な新しい体制を構築することに貢献したい」

 「とくに、コロナ禍でより強く認識されたクオリティ・オブ・ライフ、つまりヘルスケアやITなど領域は、住友化学が強みを持つところでもあるので、より強力に取り組んでいきたい」

 「加えて、感染症というのは必ず次の感染症が出てくる。それへの備えについても、住友化学が事業を通じて貢献できる課題のひとつと考えている。世界中で進められている感染症の治療法開発においては、知見を持つ機関や企業によるデータベースの無料公開が一つの開発基盤になる。なぜなら、公開されたデータベースを利用して研究が進むからだ。今回の新型コロナウイルス研究では、大日本住友製薬(DSP)がデータベース公開の国際コンソーシアムである『COVID-19リサーチ・データベース』に参画している。また、DSPは、画期的な免疫強化剤の強みを生かし、万能インフルエンザワクチンの30年の実用化に貢献する共同研究も進めている。また、19年に出資したイスラエルのナノセントでは、臭気検知デバイスを用いた新型コロナウイルス感染症診断センサーの開発を進めている。そうした本業での貢献をさらに増やしていく考えだ」(聞き手=佐藤豊編集局長)(随時掲載)

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