新型コロナウイルス感染拡大で各国の気候変動問題への取り組みが後回しになっていることへの危機感が広がっている。過去、経済危機の後は景気刺激策の結果、CO2排出量が大幅に増えた。経済復興と気候変動対策を融合させるために何が求められているのか。地球環境戦略研究機関(IGES)の松下和夫シニアフェローに聞いた。

■環境政策の専門家として現状をどのようにみていますか。

 「新型コロナウイルスも気候変動も人類の生存にかかわる問題だ。コロナ対策がある程度落ち着いた段階では、持続可能で生態学的にも安定したより抵抗力のある社会への移行が重要になる。経済復興に向けて各国は大規模な財政出動を計画しているが、従来型の産業を支援するだけでは実現が難しい」

 「2008年のリーマン・ショックの後、米国は『グリーン・ニューディール』、国連環境計画は『グローバル・ニューディール』を提唱したが、実際の投資の中身は従来型の事業拡大策が多く、低炭素自動車や再生可能エネルギー、省エネなどに回ったのは十数%だった。今は再生可能エネルギーも安くなったし、バッテリーや自動運転技術を利用した公共交通システムなども出てきている。こうしたものを主流化して雇用を創出し、循環型社会を作ることが求められる」

■感染が世界中で拡大した背景にはグローバル化があります。

 「グローバリゼーションには節度が要る。大量にモノを移動させたり、無秩序にサプライチェーンを広げたり、海外から大勢人が来ることを前提としたツーリズムなどは、一定程度制限しなければならない。税をかけることによって人や資金の国際的移動を抑制し、これによって集まった資金を途上国支援や環境対策などに回すなどの仕組みが必要だ。日本政府が提唱する『地域循環共生圏』のように、地域でできるだけコンパクトに資源とエネルギー、物資、人材を回して、グローバルチェーンに過度に依存せずに地域内で雇用を生み出し、豊かな生活が送れるようにしなればならない」

■新型コロナの感染拡大が環境対策につきつけた課題はありますか。

 「マスクや手袋、防護服などの医療廃棄物は感染防止のため使い捨てとせざるを得ない。家庭でも衛生の意識が高まるので、使い捨てのティッシュやナプキン、プラスチック容器などの使用量が増えてくる。できれば資源循環させたい。直ちに答えは出ないと思うが、人と野生動物の距離が近づいたことと気候変動によってパンデミックのリスクが高まっているだけに、衛生的でありながら循環し資源を多消費しないシステムを作ることは大きな課題だ」

■コロナ後の景気刺激に向けた各国対応を教えてください。

 「欧州連合(EU)は昨年12月に『欧州グリーンディール』を提唱した。今はコロナ対策で大変だが、それにもかかわらず投資を計画通り進めていく。懸念を示すポーランドなど一部の国を説得して、やはりグリーンな復興策が一番懸命な選択だと言っている」

 「米国では、航空業界への支援に将来的な温室効果ガス削減の約束を求めた民主党の要求を共和党のトランプ政権は拒否した。ただ、民主党の大統領候補として有力なバイデン元副大統領がグリーンニューディール的な公約を掲げようとしている」

 「中国は低炭素自動車の普及をメーカーごとに義務づけた。リーマン後は風力発電や太陽光発電に投資し、国際競争力の強化につなげた。今回も電気自動車の市場を国内で広げてコストを下げ、そこから世界のマーケットを押さえる意図がある」

 「韓国は総選挙で与党が韓国版グリーンディールを提唱して選挙で勝利を収めている。50年のアジア初カーボンニュートラルの実現へ向けて、石炭火力の段階的な廃止や炭素税の導入などを公約した」

■日本の対応は。

 「グリーンディール的な発想がまだない。環境対策は長期的にみて、より質の高い経済を作る投資になる。一度止まってしまったシステムを動かすのに大変な財政支出をするのだから、これは一気に日本のエネルギーや交通のあり方を変えるチャンスだ。まず議論がないことが問題。科学的知見を反映した国民的な議論が必要だ」(聞き手=豊田悦史)

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