●…新型コロナウイルスの影響が経済や企業活動に与えたインパクトは。

 「一言でいえば『地殻変動』だろう。リーマン・ショックは景気後退をもたらしたが、今回の出来事はそれにとどまらず、人々の価値観にまで影響がおよび、政治や産業構造、社会活動といった広い範囲で大きな変革が生じ得る。われわれがかつて経験したことがない大きな地殻変動だ。景気悪化は当面続くことが避けられない。仮にこの2~3カ月が景気の底で徐々に回復基調になったとしても、コロナ以前に戻るのは早くて2021年夏以降ではないか」

●…コロナショックを機に社会のニーズも大きく変わる可能性がある。

 「人の『いのち』『健康』という価値観の大切さがクローズアップされた。検査などいろいろなところで目詰まりがあり、さまざまな疾患領域において予防や検査、診断、治療、アフターケアにかかわるサポート、ソリューションという一連の流れが重要だと分かった。遠隔医療や在宅医療が広まれば、デジタル技術を使った医療ニーズも急激に増える。産業としてのヘルスケアの重要度が益々高まっている」

 「日本の『3密』回避は世界に発信すべき感染防止対策だ。3密を避けるニーズが強くなれば室内換気のために二酸化炭素(CO2)などの空気質や体温を検知するセンサーも重要になる。人々が感染症に敏感になるなかで自動車のシートなどいろいろな場面で抗菌、殺菌効果のある素材の需要が出てくる。家での生活、滞在時間が増えれば食の鮮度保持やフードロス(食品廃棄)への消費者意識も高まるだろう。われわれなりに『いのち』『健康』、新たな『くらし』『生活様式』といった視点を掘り下げることで、いろいろなビジネスチャンスが見えてくるはずだ」

●…コロナが事業環境にも影響を与えるなか、経営の考え方はどう変わるか。

 「ここ数年は世界同時金融緩和に支えられたグローバルでの緩やかな景気拡大という恵まれた環境下で、伸ばす事業に経営資源を集めることでオーガニックに成長し、事業ポートフォリオが転換できた。世界経済の成長の中で自動車の『CASE』や高速通信規格(5G)などの変化も芽生えてきたが、コロナによって地殻変動という別の変化が起きた。自然災害やコロナなどの感染症、それによる地政学的なリスクも含めた変化のサイクルはより速まる可能性がある。ここで自らを見直す契機としなければならない」

 「旭化成のグループ理念、目指す姿はまったく変わらない。だが、伸ばす事業に経営資源をより集めるには事業ポートフォリオの転換を今以上に加速させる必要がある。事業の撤退や譲渡といった出口戦略をより明確にしてそのスピードを速めながら、新たな変化を取り込むかたちで事業ポートフォリオ転換を推し進めることが極めて重要になる」

●…事業の「選択と集中」をどう進めるのか。

 「19年度から始まった中期経営計画の中でも米中対立の長期化や経済のデカップリング(分断)を意識し、従来以上に厳しい眼で事業評価に臨み、ABS樹脂などの事業撤退を決断した。だが今回のコロナショックを受けて、われわれが持つ技術や事業の『棚卸し』、見極めをより厳しい基準とスピード感を持って進める」

 「旭化成が景気変動の影響を受けにくい『収益性の高い付加価値型事業の集合体』を目指すなかで、環境変化に対する耐性の面で課題が残る事業もある。数量が減った際に価格も同じように下がれば、やはり汎用的といわざるを得ない。数量が一時的に落ちても価格がある程度維持できる製品、事業をより強く、大きく育てることに経営資源を集める。コロナ禍で消失した需要、逆に『ウィズコロナ』『アフターコロナ』の時代で新たに生まれる需要もある。その製品や事業のポジションや過去の実績だけでなく、コロナ後のマーケット、われわれの競争優位性が維持・強化できるのかなども含めてよく見極めていく」

●…コロナの局面でコングロマリット(複合)経営の強みはどう生きるか。

 「これからの新たな生活様式などを考えると『マテリアル』『住宅』『ヘルスケア』の3領域で多くの経営資源を持つことは強みになる。マテリアルやヘルスケアのリソースも活用した在宅医療に対応できたり、家にいながら健康状態が把握できたりするスマートハウスなど、それぞれの領域の良さがもっと結合できる状況が望ましい。質をともなった多くのコアテクノロジーと、多様なマーケットチャネルを理解する『人財』がいて、それらがうまく『コネクト』するとおもしろい事業が創り出せるのではないか」

●…今後のサプライチェーン(供給網)のあり方をどのように考えるか。

 「サプライチェーンの複数化、地産地消の徹底を考える必要があるだろう。米国や欧州、中国は地産地消、日本は中国以外のアジア圏と連携するといった構図を描く必要があり、そうなるとすべて自前とはいかなくなる」

 「とくに海外では顧客企業、部材メーカーなどと共同で生産体制を組むといった外部との連携、提携が重要になる。長いサプライチェーンの中に居続けることはリスクであり、自らがコントロールできるなかにサプライチェーンを引き寄せることが必要だ。サプライチェーンの周辺にいる企業同士が一体となることでリスクを共有し、チャンスがものにできるメリットがある」

 「サプライチェーンの川上に位置するマテリアルの視点でいえば、より川下の動向が握れるようなマーケティングも含めた対応が必要だ。かつて日本には世界に冠たる最終消費財のメーカーが数多くいて、そこに向かって素材を開発、供給すれば良かった。だがグローバルで強いメーカーと組もうとすれば、足元に行くべきか、同業や川下と組むべきかなどを意識的に考える必要がある」

●…コロナショックを通じて、どのような気づきを得たか。

 「日本の緊急事態宣言が外出自粛などの要請に留まるなか、人々がここまで自制した行動がとれた。これは日本の同質性の高さ、共通の価値観を共有していることのプラスの側面ではないか。日本の製造業がコロナの感染を抑えて安全・安定操業を行い、製品の安定供給で社会的責任を果たしているのも素晴らしいことだ」

 「企業が持続的に成長し、イノベーションを起こすうえでダイバーシティー(多様性)が重要であることは変わらない。だがリスクやコンプライアンスに対する感性と行動という面では同質性、あるいは共通の価値観を持つことがいかに大事かを再認識した。社員一人ひとりがグループ理念や目指す姿を共有し、一方で違った部分は尊重する。会社として同質性と多様性の2つの視点を意識し、局面によって使い分けるマネジメントをしていくことが重要であり、社員一人ひとりにもそうした意識を浸透させたい」

●…コロナ禍で経営トップとしてどのようなメッセージを発信するか。

 「われわれがこれまで想定していた方向とコロナ後の社会が向かう先が大きく変わる可能性があるが、起こり得る環境変化は好機でもある。世の中がニューノーマル(新常態)に向かうのであれば、そうした世界を先取りする、自ら主体的にかかわって経験して良いところを吸収する。そうした姿勢が会社にも社員にも求められる」

 「コンプライアンスなどのように守り続ける部分を持ったうえで、今回のコロナを経て変えるべき部分は大胆に変えて、積極的にチャレンジ、コネクトして、コミュニケーションを取っていくことだ。行動は制限されても、ウェブ会議などIT(情報技術)ツールの環境が整備されてコミュニケーションは取りやすくなっている。発想を変えて前進することに尽きる」(聞き手=佐藤豊編集局長)

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