●…コロナ後の世界で変わるもの、変わらないものは。

 「よきモノづくりを支える企業理念とESG(環境・社会・企業統治)を経営の中心に置く姿勢は不変。新型コロナウイルスを受け、ESG活動はこれまで以上に重要だ。例えばSにあたるソーシャルイノべーションは衛生と健康の中間領域、とくに感染症予防への貢献をコロナ以前から打ち出していた。このほど開発した、新型コロナに感染中和能を持つVHH抗体は診断薬、治療薬などでの社会実装を目指し鋭意進めている」

 「コロナは多くの業種に影響を与え、当社では外出自粛により化粧品販売やサロン向けビジネスが悪い方に響いた。インバウンド需要も人の移動がなくなり、今期の下限値はゼロで見込む。われわれのビジネスが止まれば製品を支える協力会社、素材・包装容器メーカーなどにも大きな影響を与え、未曾有の事態であることを感じている」

●…ウィズコロナ時代における打ち手は。

 「キーワードは“7掛け社会”と考える。店舗や興業は間隔を空けるなど感染予防を徹底しながらの運営となり、オフィスでも間引き営業や在宅勤務はしばらく続くだろう。100人が勤務するオフィスを70人で回すと力は落ちると仮定すれば、売上高や利益、社会に貢献する割合も7掛けになる。0・7を1へ戻すには1・5倍近くの人・時間・コストが必要だ。もし7掛けを肯定すれば、当然給料も下がりひいては社会全体のシュリンクを招きかねない。感染予防を図りながらコロナ以前、またはそれ以上のビジネスは工夫次第で生み出せると思うし、それは経営の一番の課題だ。大きく3つの施策を年末までにチャレンジしたいと考える」

 「対応策は①無駄を省く②デジタルトランスフォーメーション(DX)などの新技術を活用し減ったビジネスを埋める③衛生関連製品の適正価格での安定供給-だ。まず、無駄には将来を見据えた研究投資といった良い無駄と会議、資料づくりに代表される悪い無駄がある。悪い部分をカットしていけば、7掛け社会でも1割程度はリカバリーできるだろう。組織の肥大化は必要のない仕事を生むケースもあり思い切って見直す。DXはリモートワークやデジタル広告なども活用され、従来できなかったことが可能になってきた。オンラインの販売方法も重視する。新技術で新たな価値を生み出しプラスにつなげたい」

 「足元で社会や経済は少しずつ開いているが、生活者の心の不安という扉はまだ開いていないと感じる。この不安が解消できれば経済活動も少し戻せるかもしれない。当社のすべきことは、得意分野でもある信頼性の高い衛生関連製品を適切な価格で届けることだ。これら3つの施策を積み上げれば従来、あるいはそれ以上成長できる可能性もある。人の移動が徐々に戻れば化粧品の販売も上乗せされるだろう」

●…コロナがサプライチェーン(SC)に与えた影響など。

 「昨年末からコロナ動向を注視するなか、1月中旬に中国・武漢市で都市封鎖が取られた。日本も危機が来ると直感し、衛生関連製品に厚みを持たせる方向に舵を切った。ホームケア製品と位置づける洗浄剤類は花王の工場で大量生産する一方、手指消毒液などは協力会社とやるケースもあり、生産余力が十分ではなかった。1月下旬に生産部門のトップへ弱い部分を補いながら衛生製品の増産体制を指示し、早期に原材料や包装容器メーカーと連携できたと思う。行政とも交渉し消毒液の詰め替え品を提供できる許可をもらい、4月後半からの消毒液20倍増産にもつなげた。ハンドソープは3~4倍の増産をとった。製品はまだ十分に行き渡っているといえないものの、消毒液は政府要請で医療関係に優先提供し多少は世の中の役に立てたかと思う」

 「今後SCは分散化を検討している。パンデミックは安全な地域がなく、SC分断の分断で製品供給は停止する恐れがある。今回当社はたまたま分断がなかったものの、事業継続計画(BCP)を含めSCのあり方を考え直さなければならない。これまでは分散化と質の良い材料を安く仕入れる効率化のバランスを取っていた。ただ世界で同時多発的に起こる災難に対しては、分散する方向にSCの軸を移すことは必要だろう。コストアップにつながり企業としては複雑だが、モノが届かないことだけは何としても避けねばならない」

●…経営者としてのメッセージを。

 「自ら変わり、変化を先導することを強く意識している。これは新型コロナと関係なく現中期経営計画『K20』のスローガンでも掲げ、すでにコロナ以前から自然、社会、環境などで毎年のように変化は起きている。事業環境の大きな変化に対応するには受け身では遅い。たとえ失敗してでも自ら変わっていく、自分たちの形をつくることが大事だ。これができない企業は取り残されるのでは。一つの方法がESGとも考える」

●…化学産業が社会に貢献できることは。

 「新型コロナを受け、衛生用品の重要性など改めて化学を見直す契機になったと感じる。消毒液やハンドソープ以外にも、フェースシールドやアクリル板などのプラスチック、また不織布マスクも化学の力だ。日用品のウイルス不活化効果は、北里大学や製品評価技術基盤機構(NITE)が検証し、いくつかの汎用界面活性剤でコロナウイルスに効果があることも示された。物理や数学もコロナ問題にプラスの影響を与えているが、生活者が安心して日々を過ごすためには化学に裏付けられた材料をうまく活用した商品も必要不可欠だ。これまで化学はケミカル物質、プラスチックごみ問題など良くないイメージも持たれていたように思う。そこは真摯に受け止め、化学なくして世の中が成り立たないことも改めて考えられる機会になれば」

●…テレワークを推進していく可能性は。

 「当社はコロナ対応で比較的早い時期から在宅勤務の措置をとったが、今後については議論している。オフィス勤務に自宅やサテライトオフィスなどを組み合わせた働き方も検討はしている。オフィス以外だと業務効率は下がるのか、あるいはオフィスにいないからこそ生み出せるものがあるのかは検証したい。セキュリティ、評価方法なども詰めていく。社員、マネージャー、経営側から5項目ほどに絞った在宅勤務のプラス面、マイナス面といった意見を出してもらう。個人的には性善説、性悪説どちらに立つ訳でもないがリモートワークを本格導入するなら、勤務時間でも多少の外出には目をつむるような考えも必要だと思う」(聞き手=澤口直)

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