国産初の新型コロナウイルス感染症経口薬として期待を集めている塩野義製薬「ゾコーバ」。その緊急承認が見送られたことが、同感染症に対するワクチンや治療薬を開発する各社の戦略に影を落としている。5月創設の緊急承認制度のハードルが高いとして、申請時期などを見直す動きが続出している。同制度の運用が探り探りで進むなか、各社は厳しい判断を迫られている格好だ。

 <承認ハードル高く>

 「治療薬の承認ハードルがかなり高くなっている」。今月開催の中間決算説明会の席上、オンコリスバイオファーマの浦田泰生社長は、こう語った。現在、同社はヌクレオカプシドたんぱく質阻害剤「OBP-2011」を新型コロナウイルス感染症薬として実用化を目指している。ただ、今回、ゾコーバの緊急承認が見送られた状況を分析し、2011の「開発優先順位を引き下げる」こととした。

 2011は、その詳細は解明中だが、これまでになかった作用機序を持つ治療薬候補として開発を進めている。鹿児島大学や国立感染症研究所(感染研)と共同研究体制を敷き、できる限り、年内に「標的たんぱくの特定を行いたい」(浦田社長)。そのうえで、製薬企業への導出を狙っている。

 感染症が急拡大時などにワクチンや治療薬などを特例的に認める緊急承認制度の活用も当然、視野に入れていたものの、ファイザーなどの治療薬が揃っていることから、「若干、緊急性も低くなっているのでは」(同)と指摘する。そのうえで、ゾコーバをめぐる審議が厳しかったことを受け、まず「メカニズムなどの解明をしっかり進めていく」(同)とした。

 ワクチンでも似たような動きは生じている。その1社が副反応の少ない新たな選択肢として不活化ワクチンの実用化を図っているKMBバイオロジクス(KMB)だ。

 同じ明治ホールディングス(HD)傘下のMeiji Seika ファルマとともに開発を進めているが、緊急承認制度の活用を念頭に9月にも承認申請するとしていたが、このほどその方針を断念。12月頃に後ろ倒しすることを決めた。

 オンコリスと同じく、ゾコーバの承認審議が難航したことを目の当たりにしたことが理由にある。そのため、当初、方針に掲げていた成人対象に実施中の第2/3相臨床試験(P2/3)の結果だけでは承認が得られるのは困難と判断した。P3データも含めた申請へと計画を変更し、承認への道筋をより確かにしていきたい考えだ。

 新型コロナウイルス感染症薬の実用化に取り組んでいるある製薬企業のトップは、「ゾコーバに対する審議経過をみると、緊急承認制度の利用は難しいといわざるを得ない」と漏らす。製薬業界をウォッチしているベテラン証券アナリストも、「結局、審議するメンバーが同じならそう大差ないということ」と手厳しい。

 もちろん、こうした声は厚生労働省にも聞こえている。ある幹部は、「必要があれば改善していく」と強調。緊急承認制度が立ち上がったばかりということもあり、当局としても最適解を探っている考えをにじませた。

 ゾコーバの場合、設定した臨床試験で主要評価項目が未達だったということが大きく、その結果、継続審議という結論にいたった。「科学的観点に基づく冷静な判断」(大手製薬首脳)と評価は高い一方、実用化に取り組む各社の経営判断への心理面を含めた影響は否めないだろう。

 <産業界の声不可欠>

 緊急承認制度の安定的な運用にはもう少し時間がかかりそうだ。同制度のより良い運用に向け、必要に応じ、産業界からも声を上げていくことが欠かせないといえそうだ。

新聞 PDF版 Japan Chemical Daily(JCD)

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