【シンガポール=中村幸岳】「ポスト新型肺炎」の社会では、企業活動のあり方も大きく変わると言われている。例えばサプライチェーンの見直しや、危機発生時に予想される大幅な活動規制への対応準備、中国依存の軽減などが求められそうだ。化学産業も無関係ではいられない。現地時間20日に米WTI先物市場で期近5月物の価格が史上初めてマイナスとなるなど、原油価格は歴史的な安値水準で推移している。アジア太平洋地域のエチレンセンター会社はいま、都市封鎖解除後の原油価格や製油所稼働率の変動をにらみ、中長期的に最適な原料ミックスのあり方を模索している。

ナフサ安でフル稼働

 多くの国で都市封鎖が敷かれた東南アジアだが、域内では今年3月から4月上旬にかけてマレーシア国営ペトロナスケミカルズやタイのSCGケミカルズなどが分解炉(エチレン設備)の高稼働を維持。住友化学系のシンガポール石油化学(PCS)も足元フル稼働で走っているようだ。

 需要減少で化学品市況の下落が続いているにもかかわらず、各社が高稼働を維持している要因には域内での定修増と、原料とエチレンのスプレッド(値差)を何とか確保できていることがある。エチレン原料にはナフサやエタン、LGP(液化石油ガス)、コンデンセート(天然ガス随伴超軽質原油)などがあるが、例えば先週のナフサ価格はアジア指標となる極東価格(オープンスペック)がトン180~190ドル、エチレンの東南アジアCFR価格は同330~340ドルで推移した。

 2019年9月にサウジアラビアの2製油所が爆撃されて以降、高止まりしていたナフサ価格の下落は、エチレン原料のナフサ比率が高いアジアのセンター会社(※)にとって好材料。中東産エタンに次いで高い競争力を持つシェールガス(エタン)を原料に、米国勢がエチレン誘導品でアジア市場へ攻勢をかけるなか、アジア勢は中長期的なナフサ安持続に期待したいところだ。

 しかし、域内のあるエチレンセンター会社の社長は「この安値が続く保証はない」と警戒の姿勢を崩さない。都市封鎖にともない、ガソリンやジェット燃料、船舶燃料の需要が急減し、製油所の稼働率が落ちているためだ。例えばシンガポールでは、エクソンモービルやシェル、シンガポール石油(SRC、中国石油の100%子会社)の精製3社が2~3割の減産に入った。その結果ナフサも供給が減り、価格が反転上昇する可能性がある。

LPG季節性希薄に

 ナフサは原油や石油製品の需給に価格が左右されるため、域内のセンター企業は近年、LPG(プロパン、ブタン)も原料投入できるよう分解炉を改造し、価格競争力のある方を選択するようになった。東南アジアで25年頃にかけて計画される約600万トン分のエチレン増産計画も、多くが分解炉にナフサとLPGを投入できる設計となっている。

 一般的に、LPGがナフサより1割以上安くなるとLPG選好が強まるとされる。またセンター会社は、暖房燃料用にLPG需要が高まる冬場はナフサを、相対的にLPG需給が緩む夏場はLPGをそれぞれ原料に選択する傾向が強かった。サウジ製油所爆撃以降のナフサ高値局面でもLPGを選好する傾向が強まった。

 ただ近年は、プロパンを原料にプロピレンを選択的に得るプロパン脱水素(PDH)設備が中国で増加したため、夏場でもLPG需給が引き締まる場合があり、ナフサ-LPG選択の季節性は弱まっているという。米国エネルギー情報局(EIA)の統計によると15年以降、PDH設備増加にともなって中国の米国産LPGの輸入量が急増。18年には4600万バーレルと日本、メキシコに次いで世界第3位の輸入量となった。

 米中摩擦によって19年の輸入量は240万バーレルに急減したが、市場関係者によると、今年1月の両国貿易協議一次合意を受け、中国企業がプロパン輸入を再開する動きがあるという。中国では今年、福建美得石化と寧波福基石化がそれぞれプロピレンで年70万トン規模のPDH設備立ち上げを控えるなど、需要はおう盛だ。

 ナフサ代替として利用が拡大するLPGだが、こちらも安値が続く保証はない。エネルギー価格下落による「共倒れ」を防ぐため、米テキサス州ではシェールガス・オイルの協調減産の必要性が指摘され始めた。同ガスの生産が減れば、米国のLPG輸出も減少し、需給が締まることも考えられる。

「将来図」描きにくく

 エタンやナフサ、LPG、コンデンセート(天然ガスに随伴する超軽質原油)などの原料は、それぞれ各留分の収率が異なるため、センター会社はこれも念頭に原料を選択している。例えばナフサの場合はエチレン、プロピレンに加えブタジエンや芳香族が得られるが、プロパンを投入した場合に得られるブタジエンや芳香族はごくわずか。

 新型肺炎の感染拡大終息がいまだ見通せないなか、ロックダウンの解除時期や原油価格、製油所やシェールガス会社の稼働率、中東勢の動きなど多くの要素が複雑に絡み合い「今後の最適生産の絵を描きにくい」(前出の社長)のが現状だ。

【※】アジアではエチレン原料の使用比率は、ナフサが約6割。中国は8割に達する。なお米国と中東は約7割がエタン。

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