東南アジアではベトナムに次いで、新型コロナウイルス(COVID-19)抑止に成功したといえるタイ。6月初頭までに都市封鎖解除は第3段階にいたり、ほぼすべての経済活動が再開される予定。しかし都市封鎖で経済は大きな打撃を受け、失業者も多い。国立タマサート大学のキャトアナン・ルワンギャオ講師に経済の現状と景気回復見通しを聞いた。

 - 都市封鎖によるマクロ経済への影響は。

 「タイ国家経済社会開発委員会(経済社会政策の立案を担う首相府直属組織)は先日、今年のGDP成長率をマイナス5~6%とする予測を発表した。観光客や民間投資の減少が主因だが、最も懸念されるのは内需の大幅な減少だ。この2カ月間で多くの人々が収入源を失い購買力は落ちた。政府は財政出動を決め、景気刺激策も打ち出しているが、『バズーカ』となるには不十分と思われる」

失われた雇用戻らず

 - 自動車など主要産業が操業を再開しつつあります。失業者は職場に復帰し、購買力回復も見込めるのでは。

 「国内産業は過去2年にわたりタイランド4・0政策(デジタル技術などを活用した長期産業高度化政策)の下、変革を進めてきた。例えば自動車産業は電気自動車普及の準備や、工場自動化による省人化に取り組んだ。感染終息後、こうした動きが加速するだろう」

 「一方、自動化・効率化投資が進めば、製造業が従来のように多くの雇用を生み出すことは考えにくくなり、感染終息後、求職者が自動車産業などで元通りの職に就けない可能性がある。人々の雇用や収入が十分に回復し切らず、購買力が落ちれば生産も停滞する」

 - 労働市場への影響は大きいようです。

 「製造業の非技能労働者の多くが一時解雇され、全国の失業者数は700万人(労働人口の約2割)といわれる。少なくとも、あと2~3カ月は再就職が難しい。タイには約300万の中小企業があるが、中小企業の労働コストは全コストの5~6割にも達する。景気回復には時間を要するため、中小企業は人員整理を進めるだろう」

 「感染終息後、サービス業のビジネスモデルも変わる。例えばレストランでは(失業者を)再雇用する代わりにIT技術を活用して事業を行うだろう。元通りの雇用は回復しない可能性があり、都市部で職に就けない人々は地方に帰るが、地方部での職探しはさらに難しく、長期失業者の増加が懸念される」

調達ローカル化進む

 - タイに集積する自動車や家電、OA機器などのサプライチェーンやグローバルな素材・部品調達網に変化は生じますか。

 「人々はポストCOVID-19の『ニューノーマル』(新常態)について議論しているが、タイの製造業が新常態に移行するのには時間を要するだろう。化学産業も同様だが、企業は長い時間をかけ製造装置や従業員に投資を重ねてきた。こうしたサプライチェーンをもう一度構成するのは容易ではない」

 「リスク管理のため、ある程度ローカル化・地域化が進む一方、グローバル化は選択的に行われるようになるだろう。COVID-19以前、JIT管理で在庫を減らし、部品や素材はいつでもどこからでも調達可能と信じられていた。しかし、今回のようにサプライチェーンが破断すると、それが不可能になる。今後は中国などからの調達を続ける一方、非常時に備え手元に在庫を積む、例えばある部品の8割をグローバル調達し、2割をローカル調達することなどが考えられる」

 - 政府は増税を検討するでしょうか。

 「(延期されていた)観光税の実施が検討されている。法人増税は、賃金が安いカンボジアやベトナムへの企業流出を招き、今は良い方法ではない。売上税も考えられるが、タイではビジネスの50%以上が(適正な納税がなされない)非正規セクターのため、十分な税収を得られない可能性がある。いずれにせよ、企業収益を高め、将来の経済成長を確かにしたうえでの増税であるべきだ」

中国投資手法に警戒

 - タイでは近年、中国企業によるインフラ投資が活発化しています。「COVID-19以後」、両国の経済関係に変化は生じますか。

 「タイは政治的に欧米に強く依存しており、時にそれが過剰になる。中国との良好な関係はカウンターバランス戦略という意味で重要だ。また両国は太いサプライチェーンで結ばれ、中国人観光客も多い。そこから生まれる利益は大きく、現在の経済モデルは維持されなければならない。製造業のコスト削減の観点からも中国は重要だ」

 「ただ中国企業によるインフラ投資には懸念が残る。インフラ投資はタイ経済を支える柱の一つだが、プロジェクト完了後も多くの中国企業がタイにとどまり事業活動を続けているため、地元企業のビジネス機会が失われると心配されている。真実ではないが、『政府が中国に(中国企業が敷設を受注した)高速鉄道の線路付近の土地を売り渡す密約がある』との噂が流れたほどだ。日本などが国際標準にのっとって道路などインフラ投資を行ったのとは異なる、中国の投資手法が標準化してしまう懸念もある」(聞き手=中村幸岳)

◆キャトアナン・ルアンギャオ氏 タイ国立タマサート大学・経済学部講師(経済学博士) 広報・知的財産部長

【略歴】2011年、オーストラリア国立大学で経済学博士号取得。専門は労働経済学や公共政策など。タイ労働省諮問委員会メンバー。世界銀行や、国連の国際労働機関(ILO)の活動にもかかわる。タイで新進気鋭の経済学者で、国際学術誌への寄稿や、タイメディアへの登場機会も多い。

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