新型コロナウイルスの出現から2年、日本ではワクチン接種率が7割を超え、11月現在、新規感染者数も諸外国と比較して落ち着きを見せるが、第6波以降を見据えて武器をもう一段増やしたい。そこで重要なのが治療薬だ。現在、承認や実用化されている5種類に加え、外来治療で使う経口薬や重症患者向けの治療薬、そしてあらゆる変異株に対応するユニバーサル薬だ。

 厚生労働省の重症度分類のうち軽症~呼吸不全のない中等症向けには2種類の抗体医薬が特例承認されている。中外製薬の2つの抗体を組み合わせたカクテル療法「ロナプリーブ」とグラクソ・スミスクラインの「ゼビュディ」で、ともにウイルス抗原に結合する中和抗体だ。新型コロナウイルス感染症は、病状の進行が早いことから初期段階の治療戦略が極めて重要になり、これら中和抗体が果たす役割は大きい。

 一方でこれらの中和抗体の課題は、現状では入院治療が必要な点滴注射薬が主流なことだ。感染者が増える際は医療従事者の負担が重くなり、医療体制の窮迫を招く恐れがある。ロナプリーブは皮下注射による投与が認められたものの、対象となる患者は限られている。

 これまでにコロナ患者400症例以上を診てきた松波総合病院(岐阜県笠松町)の村山正憲副院長兼総合内科部長は、「現在は入院治療が主体だが、今後は外来治療の実現が望まれる。より簡単に投与でき、ウイルスの増殖を抑える経口薬が必要だ」と訴える。実際に同病院は塩野義製薬が開発する経口薬の治験に参加。同社だけでなく医療現場や社会の要請を受け、製薬各社が経口薬開発にしのぎを削る。

 経口薬開発で最前線を走るのは米メルクの「モルヌピラビル」だ。RNAの複製を阻害する抗ウイルス薬で、重症化リスクがある軽症~中等症患者を対象に行った治験では、重症化リスクを半減させる中間結果を得た。この結果を基に各国に承認申請し、今月、英国やEUで緊急使用が認められた。米国や日本でも年内に承認される見通しにあり、日本政府は11月にメルクと約160万回の治療分の供給で合意した。

 米ファイザーが開発する経口薬「パクスロビド」は治験で、感染確認から3日以内に投与を始めた場合、入院・死亡リスクを89%低下させる効果が確認された。第2・3相臨床試験を前倒しで終了しており、米国では緊急使用許可を申請。米政府は1000万回の治療分を確保した。

 モルヌピラビルなどと同様の作用機序で、明暗が分かれたのが富士フイルム富山化学の「アビガン」(ファビピラビル)だ。流行初期から治療薬として高い期待を寄せられていたものの、米国、メキシコ、ブラジルで行われた国際治験において、症状回復までの時間で、プラセボとの有意差を示せなかった。

 国産の経口薬で先頭にいるのが塩野義製薬の「S-217622」で、年内の承認申請が目標だ。10月から第2・3相試験に入っており、2000例の組み入れを目指す。一方で、国内感染者数減少の影響を大きく受けており、同時に行うグローバル治験の進展が、ファイザーなどの先行品をどれだけ追撃できるか左右する。

 塩野義の開発品と同じく、軽症を対象にするのは抗寄生虫薬の「イベルメクチン」だが、製造元の米メルクが有効性などに対し、否定的な見解を発表している。国内では興和が開発を引き受けることになり、第3相試験を実施。21年内の承認申請を目指す。

 呼吸不全をともなう中等症~重症の治療には米ギリアド・サイエンシズの「ベクルリー」が用いられている。ベクルリーは抗ウイルス薬であり、新型コロナウイルスのRNA依存性RNAポリメラーゼと結びつくことで複製を抑制する。

 重症時に投与されるのがステロイド剤の「デキサメタゾン」と米イーライリリーの「オルミエント」。デキサメタゾンは炎症を抑える効果があるものの、早期投与が症状の悪化をもたらすことがある。オルミエントは、細胞内のJAKと呼ぶ酵素を阻害する薬であり、炎症の原因となるサイトカインを抑制する効果がある。いずれもベクルリーと併用する。

 これらのほかに、新型コロナウイルス感染症重症患者でみられる血栓症の予防に、ヘパリンを用いた抗凝固療法が厚労省が発行している診療の手引きによって推奨される。

 重症患者への治療方針について村山副院長は、「過剰な免疫反応に焦点を当てた治療薬があれば、患者を救うチャンスは一段と大きくなる」と話し、症状に応じて治療手段をさらに充実させる必要性がある。

 実際に症状に応じた開発が進む。中外製薬と親会社のロシュが開発する抗体医薬「アクテムラ」はサイトカインの一部の作用を阻害することで炎症を抑える。米国、英国などが緊急使用許可を出し、治療薬として推奨しており、すでに使われている国もある。

 重症状態の治療薬では、幹細胞を使うものも治験に入っている。重症症状である急性呼吸窮迫症候群(ARDS)に狙いを定めているのが、ヘリオスの「HLCM051」と、三菱ケミカルホールディングスグループの生命科学インスティテュート(東京都千代田区)のミューズ細胞だ。いずれも幹細胞を用いて炎症の抑制や組織の修復を行う。ロート製薬の「ADR-001」は、サイトカインストームに対する抗炎症効果が見込まれている。幹細胞製品は患者によって高い効果が期待できるため、早期の開発が望まれるが、審査上のプロセスが一般の医薬品よりも複雑であり、実用化には時間がかかる見込みだ。

 新型コロナウイルスは変異を繰り返し、薬剤耐性を獲得することも考えられる。そこで求められるのがあらゆる変異株に対抗できるユニバーサル薬だ。その候補の一つが核酸医薬と言われる。

 日本新薬は2022年度にも治験を始める計画で、軽症から中等症の患者が自宅でも治療しやすい吸入剤として開発する方針。核酸創薬ベンチャーのボナックも22年度の治験入りを目指して研究開発に取り組み、25年度の承認申請を目指す。

 日本赤十字医療センターの出雲雄大呼吸器内科部長は、ワクチン、治療薬に次ぐ狙いを「コロナ後遺症への対応だ」とし、創薬や研究の対象範囲を一層拡充すべきだと説く。「ワクチン接種で後遺症のリスクは半減するものの、調査を進める必要がある。医薬としては漢方薬や抗アレルギー薬、ステロイド薬、抗線維化薬などに着目すべきだ」と語る。

 重症化を防ぐための早期診断、早期治療の実現には検査キットなどを用いた体制整備も欠かせない。村山副院長は「迅速な定量検査や精度が高い定性検査が可能になることで、より早期の治療につながる」と語り、治療薬に限らず、医療機関の体制整備なども求めた。

 新型コロナウイルス感染症との闘いは、いぜん先が見えない状況にあるが、人類の英知は確実に本質へと迫っている。治療薬だけでなく、あらゆる手段を尽くして打ち勝つ覚悟が必要だ。

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