●…現局面で化学企業はリスクにどう向きあうべきか。

 「新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、さまざまな分野で需要が落ち込み、原油価格が大きく下落するなど、われわれ自身が主体的にコントロールできない変化が急激に起こっている。事態が時間軸でどのように変化し、元に戻るのはいつ頃なのか、現時点では明確に分からない。こうした局面においてはシビアな目でリスクを管理し、対策を講じることが重要となる。打つべき手をきっちり打ちながら、変化を見極めつつコロナ後を見据え、何をすべきか必死に考えていくしかない」

●…これまでの対策は。

 「まず最初に打った手は、工場の稼働を維持するための措置だ。化学企業は医療用の原材料や生活必需品をはじめ、供給を切らしてはならない重要な製品を供給している。このため、工場への人の訪問や工場からの出張を取りやめるなど、人の出入りを完全に遮断した」

 「一方、需要のスローダウンが見えてくるなかでキャッシュの確保を意識したオペレーションに切り替えた。需要動向については、今現在の需要に『仮需』がどの程度入っているのかも含め、なかなか見極めが難しい。リーマン・ショックの時は、稼働調整が遅れて在庫を増やし過ぎてしまった。その教訓から、先の需要見通しをシビアに予測し、逐次対応で稼働するように指示した。そのための特別会議も立ち上げた」

●…先行きをどう見通しているのか。

 「今回のコロナ禍は、人と物の流れが完全に遮断されることによって経済的なダメージが引き起こされている。金融危機のリーマン・ショックなどとリスクの度合いがまったく違う。これだけグローバル化が進みサプライチェーンが複雑に絡み合っているなかで起きており、経験したことのないようなインパクトの大きさだ。まだ途中段階であり、そのインパクトの広さや深さが捉えづらい」

 「先行きがみえないなかで、時間の経過とともに少し悲観論が広がっている。収束するには相当の時間がかかり、コロナ前に戻るにはさらに時間がかかるというのが、今の捉え方になっている。また、航空機産業、輸送業、ホテル・観光業など、即刻に莫大な影響を受けている産業と、われわれ化学産業のように少し遅れてインパクトがくるであろう産業とに分かれている。サプライチェーンが寸断されたことにより引き起こされるインパクトの度合いが業界によって違うというのも、今回の大きな特徴かもしれない」

●…コロナ前・コロナ後で何が変わるのか。

 「何が変わり何が変わらないかを見極め、柔軟に考えて即刻対応しなければ、変化に対応できず存続すらできないかもしれない。そのくらいのインパクトの強さだ。テレワークも含めたデジタル対応、あるいはサプライチェーンのシフトをにらんだBCPへの対応などが想定される。また、今回のコロナ禍では欧米のダメージが非常に大きく、想定外のインパクトといえる。一方で、東南アジアは国によって差はあるにしても、比較的よく抑えている。これはまったくの私見だが、さまざまな意味でこれまでの欧米主導の世界から、アジアが一定の発言権を持つ必要があるし、そうあってしかるべきだ。人口ボーナス、経済成長余力などを含め、われわれが軸足をASEAN(東南アジア諸国連合)、アジアに置いていくという流れが起きてくるのではないか」

 「一方、足元では、これまで合理的と判断し各社が打ってきた施策がかえって足かせとなっている現象が起きている。例えば当社の成長3分野の一つにヘルスケアがある。付加価値が高く市況変動に左右されにくい領域と判断し強化している。しかし、一過性と捉えているが、足元では同分野のメガネレンズ用モノマーや遠近両用眼鏡『タッチフォーカス』は苦戦している。眼鏡店やデパートが休業し、流通経路が絶たれているからだ。一方で、ポリオレフィンなど生活必需品向けの比率が高い製品は、想定したよりも需要が落ちずに健闘している」

 「また、当社の話ではないが、マスクは今回のコロナ禍が起こった当初、国産品の比率が2割程度で、8割を輸入に頼っていた。国内企業が高付加価値化戦略を推進した結果、マスクなどの製品は海外に依存するようになったのだろう。このため、今回のような事態が起きているが、だからといって国内でマスクを作り続ける判断ができただろうか」

 「さらにBCPについては、これまで世界中のさまざまな産業において、企業が効率性、コスト合理性などをベースに意志決定し、グローバルな水平分業体制を築いてきた。しかし、今回のような事態が起こるとサプライチェーンのなかの一部分にでも支障が出れば、全体の機能が損なわれるリスクに直面してしまう」

 「平時においては合理的な判断によって積み上げられた体制や仕組みがあって、片方では非常事態を想定して別の仕組みを準備できればいいが、それは単純な話ではなく、ハードルは高い。しかし、コロナ後を見据え、考え抜いて答えを出さなければならないだろう」

●…原油価格が急落している。

 「一過性とはいえ、減産合意後に価格が急落するほど、需要が落ちてしまったということだ。短期的な市況変動に振り回されることはないが、われわれにとって望ましいのは、ある一定のレンジで価格がなめらかに動くことだ。今起こっていることはその真逆なことであり対応が難しい」

 「化学産業にとって有利だという見方もあるが、それは違う。大切なのは需要家に安定して製品を供給することだ。また、原料価格がこれだけ下落すると在庫評価損が出る。石油精製業などに比べれば影響は少ないだろうが、それでも大きなインパクトだ」

●…化学産業としてどのように貢献するか。

 「これまで言ってきたように、中長期でみれば化学が貢献すべき領域なり、社会課題へのソリューション提供という部分では、その役割は変わらない。一方で、短期的に化学産業が果たすべき役割は、マスクやその原材料、医療用の防護服、消毒薬といった重要製品の供給だ。すでに各社が粛々と果たすべき役割を果たしている。当社のケースでは、マスクの原材料であるメルトブローン不織布の供給を切らさないように稼働すること、消毒用でいえばイソプロピルアルコール(IPA)の増産を図ることだ。IPAは、輸出にある程度振り向けている部分もあるので、国内向けを増やす工夫をしたい」

 「今の段階では、まずは国全体が一丸となってコロナ禍に立ち向かい、これに打ち勝つ必要がある。政府、自治体、医療関係者などに対するさまざまな意見もあるが、みな与えられた条件のなかで最大限の努力をしている。われわれも足元で果たすべき役割をきっちり果たしていく。社内でもそう言っている」(聞き手=佐藤豊編集局長)(随時掲載)

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