テレワークの加速、各産業の落ち込みにより印刷業界が大きな影響を受けている。この変化はインクジェット(IJ)業界に何をもたらすのか。大野インクジェット・コンサルティングの大野彰得代表に聞いた。

■新型コロナウイルスの感染拡大で印刷業界にどんな影響がありますか。

 「経済が停滞し、印刷業やプリント業はマイナスの影響を受けている。とくに飲食や航空、観光、建設業に付随する印刷物への影響が大きい。テレワークによりオフィス用複合機の稼働率も劇的に低下しているようだ」

 「過去の遺産として残っていた『ハンコを押すための出勤』が無益なことと認識されつつあり、電子署名やオンライン申請の拡大、紙書類の廃止が大きなトレンドになるだろう。政府が新しい生活様式として『オンラインの名刺交換』を提言しており、名刺印刷にも少なからず影響が及ぶものとみられる」

■IJ業界にはどんな変化がありますか。

 「印刷を取り巻く環境が大きく変わることで、IJ業界の活性化につながりそうだ。ポストコロナでは大量生産が見直され、多品種小ロット・オンデマンドのニーズが高まるからだ。サステナビリティの観点からも無駄の少ないIJにフォローの風が吹く。同じデジタル印刷でも紙に特化したレーザープリンターに対し、非接触印刷のIJは対応するメディアの制限がない。あらゆる分野でIJ化が可能であり、加えて現状はIJ化率が低いため伸び代も大きい」

■どの分野で需要が期待できそうですか。

 「紙メディアは今後も減少する。印刷業者の淘汰は避けられず、インクメーカーやプリンターメーカーにも影響が及ぶだろう。そのためIJが注力すべき分野は情報伝達機能以外の印刷だ。パッケージやインテリア、3D、テキスタイル、プリンテッドエレクトロニクスなどだ」

 「ただ、これらの分野を伸ばすには既存サプライチェーンを壊す必要がある。デジタル化とは既存サプライチェーン(SC)の中抜きに他ならないからだ。足元、コロナの影響で既存サプライチェーンにほころびが出ており、今はデジタル化を前進させるための千載一遇のチャンスといえる」

■デジタル捺染はいかがですか。

 「まさに既存サプライチェーンのしがらみで伸び悩んでいるのがデジタル捺染だ。デジタル捺染後のプリント生地は東南アジアなどの裁断・縫製業にわたるが、裁断・縫製業にとってプリント生地はマイナーであり、IJに対応する動機が働きにくい。一方、独自のサプライチェーンを構築している昇華転写やガーメントプリントは拡大が期待できる」

■ディスプレイなどのプリンテッドエレクトロニクスはどうですか。

 「大手電機メーカーとIJメーカーでは思惑が異なり、前者は技術を独占し差別化を図りたいが、後者はIJ技術を幅広く提供し利益を得たいと考えている。現状の力関係では大手電機メーカーの方が強いため、IJ技術がブラックボックス化しており、ブレークスルーの遅れにつながっている。アンバランスな力関係、ブラックボックスが解消されていくと、市場の開花も近づく」

■IJ関連メーカーはどうすべきですか。

 「ポストコロナで大きな社会構造改革が起きる。そのなかで印刷・プリント技術は、IJが主流になるのは間違いない。コロナショックで各社は経費削減を強いられるが、逆に今こそIJに開発費をかけるべきだ」

 「日本のIJ関連メーカーは解像度や色域、プリント速度など技術面に力を入れており、そこばかりに目が向きがちだ。ビジネスの枠組みを壊し、新たなサプライチェーンを構築するという大きな視点が抜け落ちてしまうと、枠組み構築を得意とする海外メーカーに取って代わられてしまう」(聞き手=小谷賢吾)

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