【シンガポール=中村幸岳】新型肺炎の感染拡大にともなう中国の工場稼働率低下が、アジア太平洋地域の化学品生産や市況に及ぼす影響が懸念されている。東南アジアでは現状、化学品の工場稼働率や需要に大きな変調はみられないものの、人手不足もあり中国への輸出品の荷受けが滞ったり、中国主要港からの輸出が遅れたりするケースが生じている。石けん洗剤原料やマスク用不織布など引き合いが強まる化学品もあるが、東南アジアやインドに関連素材の工場を持つ日系企業は域内で自動車生産・販売の回復が遅れることを心配している。
 域内の化学企業や商社の話を総合すると、2月中旬現在では業績への悪影響やサプライチェーンの寸断といった事態は生じておらず、工場稼働率低下の兆候もみられない。
 シンガポールの住友化学アジアによると、販売を担うペトロ・ラービグ(サウジアラビア)品のうち、荷受けにタンクを使うバルク品も中国顧客の荷受けにめどが立ち、混乱は生じていない。ただ、長江をさかのぼって武漢で荷下ろしする製品もあるため、引き続き状況を注視する。
 中国では上海港が今月10日まで休業だったため、商社は東南アジアに仕向ける商品を、一週間早く運営を再開した華北の青島港や天津港に移して輸出するなどの対応に追われた。しかし青島も南方からの荷が増えたためトラックが不足し、上海港の代替になり得る寧波港も出発日の見通しが立ちにくいという。
 また、商社筋によると深セン、黄埔、広州の華南各港は3日に税関運営を再開したものの、職員や通関業者の人手が足りず通関量は限定的。海運会社によると先週、シンガポール産のバルク化学品が中国で荷受けされず、タンカーが沖合で停泊を続ける事例も発生した。
 独エボニックの東南アジア統括会社(シンガポール)のピーター・マインシャウゼン社長は「現在の状況が長期化すれば中国からの素材や部品の供給が滞り、多くの産業でサプライチェーンに影響が及ぶだろう」と話す。すでに、中国と台湾の両方から調達していた東南アジアの合成樹脂ユーザーが、供給の不安定さを嫌って台湾に発注を移すなどの動きが出ている。
 自動車市場については今年、タイや排ガス規制が導入されたインドで生産販売が回復するとの期待が強かった。しかし新型肺炎の感染拡大で「回復遅れが懸念される」(三菱化学アジアパシフィック)、「シンガポールで生産する自動車関連素材の需要に影響が及ぶ可能性がある」(三井化学アジアパシフィック)と心配の声が上がる。
 市況をみると2月中旬現在、シンガポールのジュロン島内で調達するエチレンなど基礎化学品の価格には大きな変化ないようだ。同国やタイでは新型肺炎拡大前から、エチレンセンター会社がナフサ分解炉の稼働率を落としていた。ナフサ高や、エチレンとポリエチレンのスプレッド(値差)が薄いことなどが理由。分解炉の稼働率は高まっておらず「ジュロン島内で調達する基礎化学品の価格はあまり下がっていない」(ある需要家)という。
 ただ、経済の減速観測で原油や化学品原料ナフサ市況はすでに下落。極東ではエチレン価格が1カ月足らずで15%強下がった。東南アジアでも樹脂など誘導品を含め市況の動きが注目される。
 一方域内では、感染予防に使われる石けん洗剤の原料やマスク用不織布などの需要が伸びている。中食の増加で包装材料の引き合いが強くなることを予想する向きもある。こうした状況は短期的とみられるが、米ダウのジム・フィッタリングCEO(最高経営責任者)も1月末の決算会見で、清掃関連化学品の需要が伸びていると話した。

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