●…コロナ後の世界をどのように考えるか。

 「社会に役立つ製品を開発・製造することで社会生活の基盤を支える、あるいは従業員や協力企業の方々にやりがいのある舞台を提供する、これは決して変わらない。ただ効果的な治療薬やワクチンが開発されて克服しない限り、新型コロナウイルスと共存する世界が続く。そのなかで、われわれが本来やるべきことがどうすれば継続できるか。そうした観点でみると、やはり大きな変化があるだろう。在宅勤務は分かりやすい例だが、これまでの当たり前が一変して新たな状態が出現し、違った仕組み、やり方が必要になる。これをどう想定し、備えるかが重要だ」

 「今回のように災害に近い状況が起こると必ず問題になるのがサプライチェーン(供給網)の分断だ。拠点の分散化で分断を防ぐ考えが普通かもしれないが、それだと際限なく対応を迫られる可能性がある。非常に個人的な見解だが、サプライチェーンの『見える化』や『単純化』によってコントロールしやすくし、分断された際の立ち直りが早くできないか。あらゆるモノがネットにつながるIoTや人工知能(AI)の活用によるプラント管理、在宅勤務なども『見える化』『単純化』で理解できる。サプライチェーン全体にメリットがあるかたちで進める必要はあるが、『見える化』『単純化』が今後のキーワードの一つになるだろう」

 「働き方改革が進んで毎日の通勤、印鑑の押印などが当たり前でなくなると、確かに企業もインフラや制度の大胆な変更が求められる。ただ、今言ったようにサプライチェーンの『見える化』『単純化』のような変化が起こると中長期的な戦略の立て方や目標、目指す方向まで変える必要がある。私自身はこうした変化が相当起こると思っている」

●…コロナ禍の逆風下でも、日立化成の買収を当初計画通り実施した。

 「2017年に買収した独SGLカーボンの黒鉛電極事業、そして日立化成の件もそうだが、大型M&A(合併・買収)を実行する際は10~20年という時間軸で物事を考える。新型コロナの問題は数年続くかもしれないが、10~20年に比べれば一時的だ。この時間軸に照らして(総額約9600億円の)買収額も妥当と判断した。その判断が揺らぐことはない」

 「昭和電工と日立化成が目指す姿を『世界トップクラスの機能性化学メーカー』と『ワンストップ型先端材料パートナー』という2つの言葉で示した。今回の買収で半導体やモビリティーなどの分野で製品群の厚みが増し、サプライチェーンの川上・川下が統合できる。これは新型コロナで変化が起こる前提に立っても、われわれの強い武器であり続ける。両社が一緒になったことで、昭和電工が単独で対峙するよりもポストコロナの世界に対応しやすくなったと言える」

●…両社の統合によってなぜ対応力が高まるのか。

 「コロナ禍の逆風下で米GAFAの様な巨大IT(情報技術)企業『プラットフォーマー』に大きな落ち込みはなく、そこに利益が吸い上げられる社会構造であることが分かった。プラットフォーマーはスマートフォンなどのハードも販売するが、その本質はサービス。そして、そのサービスの質は半導体の性能に相当依存している。それを理解しているからこそ半導体や量子コンピューターの開発に乗り出した」

 「モビリティーを含めたサービス、半導体などの分野はこれから寡占化が起こるだろう。サプライチェーンの最も川下にいるプラットフォーマーが川上に上るなら、最も川上に位置する素材・部材メーカーのわれわれもサプライチェーンを統合しなければ良いパートナーになり得ない」

 「川上・川下の統合、半導体なら半導体の市場で多くの製品群を持つことはサプライチェーンを自分達でコントロールできるようにすることとある意味で同義であり、それは世の中が向かうサプライチェーンの『見える化』『単純化』の流れと非常に近い。新型コロナは世の中の方向性を小さな所で変えるかもしれないが、より大きなインパクトは向かうスピードを速めたことだ。スピードが速まれば、われわれもそれに対応する必要がある。世の中が求めるサプライチェーンの『見える化』『単純化』に合った格好に自らを変え、それを不可逆にする取り組みを強力に推し進める」

●…コロナ不況のなかで経営統合に向けた事業売却の方針に変更はあるか。

 「事業の『選択と集中』自体に見直しはない。事業売却で時期と価格のどちらを重視するかはケース・バイ・ケースだろう。早めに手を打つ方が売り時を待つより良いと判断する場合も、その逆もある。選択と集中の対象が新型コロナの前後で変わることもない。われわれが進もうとしている方向性に対してフィットしているか否かが判断基準だ」

●…コロナ禍が事業活動に与えるインパクトは。

 「これまでも自然災害やリーマン・ショック、地政学的な不安定性など色々な出来事が起きたが、新型コロナがもたらした影響の大きさや深さ、長さ、先が全く見通せない不透明感は過去に前例がない。われわれの施策や努力が前提条件としていた想定をはるかに超えているという実感だ」

 「20年の見通しを現時点で語るのは難しい。おそらく環境的には1~3月期よりも4~6月期が悪化し、下期から徐々に回復に向かうだろう。ただ21年も業種、市場ごとに回復はまだら模様で、全体として回復を実感するには時間がかかるのではないか。個人的な見解だが、そう考えている」

●…現下で国や企業に求められることは。

 「まず優先すべきは新型コロナの感染拡大を防止すること、徹底した医療従事者への支援、医療体制の維持・強化。さらに治療薬やワクチンの早期開発だ。化学企業は社会生活に不可欠な素材・部材の製造・供給を担う。感染拡大防止を最優先に生産活動を継続し、社会生活に影響を与えないことを第一に考えるべきだ」

前向きな気持ち持ち続け困難克服

●…未曾有の危機に直面するなかで、経営トップとしてどのようなメッセージを発信するか。

 「日々状況が変わるなかで正しい判断をするために大事なことは優先順位をしっかり決めておくことだ。昭和電工グループにとっての最優先事項は従業員、協力企業の方々全員の健康を守ること。その次に社会生活に不可欠な素材・部材を製造・供給して社会的責任を果たす、3番目が新型コロナ克服後の成長に備えることだ。とくに最初の2つの両立は非常に難しいバランスが求められるが、これを達成している事業所や事業部、協力企業の方々には心から感謝しており、誇りに思う」

 「この様な困難かつ前例がない状況を克服するには前向きな気持ちを持ち続けることが大事だ。われわれが社会にとって必要不可欠な存在であるという誇りがあれば、目の前の困難は克服しなければならないと考えられる。それと、こうした状況はいつか終わる。その時に困難を克服したわれわれはさらに強くなっているという気持ちを持つことだ」

●…昭和電工がこれまでに採った対策は。

 「在宅勤務を可能な限り進め、本社地区の実施率は9割前後に上る。事業所もスタッフ部門は在宅勤務を推奨し、製造部門は当直交代時の引き継ぎの出席者を減らす、食堂の利用時間を分散させるなど、できる限りの工夫をして生産活動を継続している。これらを支えるIT環境の整備も、この1~2カ月で相当進んだ」

●…日本化学工業協会の会長に就任する。

 「新型コロナが起こり、化学企業の重要性が再認識された。それと、海洋プラスチック問題も含めた環境問題が後退しないよう化学業界がしっかり取り組んでいく必要がある。新型コロナが起こったからこそやらなくてはいけないことと、新型コロナがあっても続けていくべきことがある。色々な方のサポート、助言を得ながら、そこのところをしっかりとやっていきたい」(聞き手=佐藤豊編集局長)(随時掲載)

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