新型コロナウイルスの流行拡大は、中国やインドなどに医薬品原薬の供給を依存することのリスクを改めて突きつけた。世界でいま、どんな影響が発生し、何を教訓とすべきか。厚生労働省が3月に立ちあげた医薬品安定確保の有識者会議のメンバーでもある神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科の坂巻弘之教授に聞いた。

■新型コロナウイルスは世界の医薬品供給にどのような影響を与えていますか。

 「最初に感染者が増えた中国の工場や物流が停滞し、医薬品原薬の供給がひっ迫することになった。その結果、世界中で原薬不足の懸念が高まった。米国食品医薬品局(FDA)は供給不足に陥いりそうな医薬品があることを認めている。製薬会社の少ない豪州は従前から医薬品不足の対応を強化していたが、新型コロナを受けて薬局での調剤量を制限する施策を打った」

 「医薬品の供給不安という問題は十数年前から取り沙汰されてきた。医療費削減のために後発医薬品など特許の切れた医薬品の薬価が低くなりすぎ、先進諸国の原薬メーカーの撤退が相次ぎ、結果的に中国、インドに供給を依存する構図となった。メーカーが集約されすぎて、問題が起きると世界の安定供給に一気に不安が及ぶ状態だ」

■日本はどのような対策を進めてきたのでしょうか。

 「厚生労働省は医薬品原薬などの調達先を複数化する対応などを後発品企業に求めてきたが、それにともなうコスト増や品質管理の手間について議論を深めてこなかったと感じている。欧州では製薬団体が原薬を製造できる企業を欧州域内に増やすべきだとの共同声明も昨年末に発出している。日本は医薬品の安定供給は当たり前との風潮があるが、不足の事態が起きうることを前提にリスク管理に取り組まなければならない」

■足元では日本の医薬品供給にどのような懸念があるのでしょうか。

 「一部の医薬品原薬などが調達できなくなる恐れがある。欠品の可能性がある医薬品は、製薬会社や学会、医療関係者などが連携してリスト化し、代替薬のガイドラインを早急にまとめるべきだ。日本製薬団体連合会が情報共有の取り組みを始めているが、複雑に分散化しているサプライチェーンの開示は企業競争上、難しい面もあるかもしれない。関係者が一致団結して解決策を見いだすことが重要だ」

 「医薬品供給の問題はなにも特許切れ医薬品だけではない。バイオ医薬品でも同様で、昨年は成長ホルモン製剤で供給不安が起きた。製造元が基本的に1社しかない新薬も供給が止まることがあり得るとの認識を持ち、事前の対応策を練ることが必要だ。さらには、世界的にも需要の高いアセトアミノフェンについては、すでに一般用医薬品で欠品が出ているとも聞いている」 

■中長期でみれば原薬の国産化を進めることで解決できるのでしょうか。

 「原薬生産の国内回帰は現実的ではない。抗生物質の原薬を日本で作らなくなった最初の理由はコスト高だが、日本にはもう運用できる人材も設備運営のノウハウもなくなった。とはいえ、中国、インドへの依存を分散する必要はある。たとえば、両国以外で医薬品市場に参入を計画する発展途上国と連携し、新たな生産拠点を設ける方が現実的ではないか」

■新型コロナの問題を製薬企業はどう教訓とすべきでしょうか。

 「医薬品需要の予測をより精緻に行うことも重要になってくるだろう。これまでの災害時の医薬品供給についても企業単位の瞬発的な対応が多かった。新型コロナによる未曾有の危機は、製薬関係者に、より踏み込んだ情報共有の必要性を突きつけたのではないか」(聞き手=赤羽環希、三枝寿一)

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