新型コロナウイルスの影響が広がっている。物流まひや労働力不足で生産現場は本格稼働に遠く、供給網の断絶はスマートフォンや自動車生産の停滞を招いている。消費マインドの悪化は回復基調にあった世界の企業業績に影を落とし始めた。このインパクトを乗り越え、日本企業は中国とどう向き合うべきか。東京財団政策研究所の柯隆主席研究員に聞いた。
 - 新型肺炎の広がりをどうみていますか。
 「中国メディアは極力ポジティブな情報を流そうとしているが、実態は発表された数字以上に深刻だ。戦争もないのに都市機能を停止したのは共産党創設以来初めてで、全国人民代表大会も延期に追い込まれた。世界保健機関(WHO)の専門家グループが北京など現地調査を行ったが、なぜ湖北省に行かなかったのか。中央政府が認めなかったのだろう。現実は相当悲惨な状況ではないか」
 - 中国は供給側構造改革の最中に米国との対立、新車販売の低迷などが重なって景気の減速局面を迎えていました。新型肺炎は泣きっ面に蜂です。
 「数字を作るのは政府の勝手だが、第1四半期(1~3月)は間違いなくマイナス成長に陥る。物流が寸断され、消費も低迷している。こんな状況では公共事業もできない。SARS(重症急性呼吸器症候群)を参考にした推計は間違いだ。当時は広州と北京だけが対象で都市の封鎖もなかった。いまは何も作っていない。国内総生産(GDP)は付加価値の合算であり、病院だけ動いても5%成長は実現できない。あらゆる産業の足元の工場稼働率は4割とみている」
 - どのような終息の道を辿るでしょうか。
 「見通すのは難しい。6月に終息したとして後に残るのが風評被害だ。製造業の稼働率は徐々に上がっていくだろうが、経済全体でみたときに個人消費は風評被害を取り除かないと元に戻らない。楽観的にみても正常化するのは9月だろう。最初の3四半期に回復は期待できない。米中の貿易戦争も続く。今年の中国経済は過去40年で最悪だ」
 - 長期化すれば、中小企業があおりを受けます。
 「中国には中小企業信用保証制度がないため政府がいくら金融緩和しても、国有企業は救えても民営中小企業には資金が渡らない。雇用を支えるべき彼らがリストラに走れば治安悪化を招く。恐れるべきは社会不安のまん延だ」
 - 環境規制、米中対立、新型肺炎と、チャイナリスクが高まっています。中国とどう向き合うべきでしょう。
 「化学は資本集約型の産業であり、物流システムやインフラ、労働力が整備されなければ成り立たない。次はインドだというが、ビジネスの力は中国と比較にならない。世界地図を広げてみればいい。化学企業が中国から離れる選択肢はないのだ。同時に、中国が簡単な所でないことも皆が分かった。政府のリスク、地政学リスクの管理は難しい」
 - 中国で事業を続けるためのポイントは。
 「一流の人材と情報収集だ。日本企業は工場の人員を育てるのは得意だが、ビジネスなど対外的な人材を育てるのが下手。営業、交渉、時には共産党との付き合いも必要になる。私は企業のトップに、良い子を送り込んでも無駄だと言っている。中国はルールがあってないような国。ワイルドなマーケットにはワイルドな人材がふさわしい。情報収集力も決定的に欠けている。シェルなど欧米企業との差はここだ。企業経営は機械や人件費、材料費だけで成り立つわけではない。情報収集は経営コストの一部だ。交際費は懇親費ではない。金は内外のネットワーク構築のために使うべきだ」
 - 見通しが不透明ないま、できることは。
 「中国は転んだが必ず起き上がる。半年か9カ月か、新型肺炎もいずれ終息する。危機の時にこそ、いかに有利なポジションを取るかを考えるべきだ。つまり、困った時に貸しをどう作れるか。例えば、日本としての戦略を考えたとき何が最善か。私は、風評被害を打破するため終息と同時に安倍首相が世界の首脳のなかで一早く訪中すべきだと思う。表面上は中国を助け、実質は日本企業を助けることになる。一石二鳥だ。これからの10年の日中関係にも決定的な影響を及ぼすだろう。経営者にも長期的な視点で戦略を立ててほしい。企業撤退が相次ぎ、雇用不安が生まれるなら、これまで欲しかった土地や人材が手に入るかもしれない。いまはそのチャンスだ」(聞き手=但田洋平)

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