【上海=但田洋平】新型コロナウイルスの感染拡大が収束しつつある中国。日系化学企業のビジネスも落ち着きを取り戻したように映るが、この間は、厳格な移動・操業規制や隔離措置が敷かれ、各社とも駐在員の退避などで難しい判断を迫られた。中国に19の関係会社と駐在事務所1拠点を有し、社員総数1500人、50人を超える日本人駐在員を抱える三井化学も、多くの駐在員を中国に残しながら操業維持に心血を注いだ。感染リスクと隣合わせ、手探りの事業継続を強いられた。

 三井化学の中国拠点は今、春節前と変らぬ光景を取り戻しつつある。帯同家族こそ、その多くを日本に退避させたままだが、9割超の日本人駐在員が帰還し職務に励んでいる。政府が操業再開を許可した2月10日以降は工場も順次稼働し、生産設備を有する14社は武漢市のアークを含めすべて操業し、稼働率もおおむね春節前の水準に戻している。

 1~3月の事業環境を振り返ると、自動車関連はやや低迷しているが「半導体や電子材料事業は好調。業績の落ち込みも軽微ですみそうだ」(松崎宏中国総代表)。

操業継続か待避か

 「結果的に感染者や集中隔離対象者を出すことなく操業継続・再開につなげられた。ただ、局面ごとの個々の判断は本当に難しかった」。松崎代表はこの間をそう振り返る。

 武漢での感染拡大が騒がれはじめた1月中旬、地域統括会社である三井化学(中国)管理有限公司(MCCN)は、武漢への出張を禁止し、一早く本社からの武漢出張の中止を要請した。春節を目前にした22日、現地スタッフ(NS)の多くが帰省の途に着き始めており、本社とは休暇中の状況を見極めながら対応方針を決めることにした。

 だが、翌23日の武漢の封鎖を受け、中国国内の危機感は一気に高まる。24日、松崎氏は本社に対し、湖北省出張への禁止や駐在員は当面日本へ帰国させることなく感染予防策をとることの推奨を提案。市中で手に入りづらくなってきたマスクの送付も求めた。日本にいても判断は難しく、拠点ごとに状況も異なるため、「操業や駐在員の帰国は各社総経理の判断を尊重して欲しい」とも訴えた。

 27日には中国域内各社間での対応状況を共有し、本社に報告。それを基に本社は「湖北省出張禁止、その他中国への出張自粛」、「駐在員は退避措置をとらず、状況に応じ退避要否を検討する」といった全社方針を通知した。

 感染が国内に広がるなか、中央政府は30日までとしていた春節を2月2日まで延長し、上海など多くの都市は9日までの営業停止措置を打ち出した。商社など日系企業の多くが駐在員を日本に退避させ始めたが、多くの工場を有する同社はそうもいかなかった。

 2月1日、松崎氏は駐在員の扱いについて本社に対し、①中国での業務遂行が困難かつ日本でも業務遂行が可能②健康面で不安があると判断される-といった場合は日本滞在とし、それ以外は営業再開時に現地に戻ることを原則とすることを提案した。3日には東京本社に対策連絡会議が設けられ、現地対策本部長に松崎氏が就いた。

現地職員にも配慮

 とくに判断が難しかったのが外務省の帰国に関する注意喚起だ。6日には早期の一時帰国を積極的に検討するよう声明が出された。松崎氏は事業部に対し「買収した企業など日本人がいないグループ会社が増加している。緊急時こそコミュニケーションを積極的にとり、意思疎通を密にして欲しい」と呼びかけた。コロナ以外の業務を極力依頼しないよう注文もつけた。

 12日にはさらに、外務省が早期の一時帰国や渡航延期を“至急”検討するように注意喚起レベルを引き上げた。この頃から上海では日系クリニックも閉鎖され始め、日本企業の駐在員退避が加速する。

 松崎氏も判断に苦慮したが、本社には現場の判断を尊重し一律帰国措置を採らないよう要望した。「各現地法人は操業再開を目指し努力している。合弁相手の意向を尊重する必要もある。日本人が全員退避した場合、NSの士気にも影響する」。

 これを受けた13日、本社は改めて全社方針の一部改訂を通知。駐在員の帰国は個別判断とし、帯同家族の帰国は推奨した。帰国や滞在に関する費用は会社が負担した。

 2月中旬以降、同社の工場は順次建ち上がっていく。ただ、地域毎に異なる規制には手を焼いた。緊急時の隔離部屋の設置を求められたり、作業員に対してマスク着用、消毒の徹底など細かな規則が定められた。食堂ではテーブルに衝い立てを設けたり、協力会社と出入口を分けるといった具合だ。「一人でも感染者を出したら即営業停止」と強調する工業団地もあり、現場は緊張感に包まれた。

 3月以降は中国の感染が収り、主戦場は欧米へ移っていく。同社は13日、新型コロナ対策支援として中国赤十字基金会へ100万元(約1600万円)を寄附した。

 4月に入り、グループ各社の操業はかなりの程度正常化している。MCCNも公共交通機関の使用禁止を解除して通常出勤を再開した。8日の武漢の封鎖解除を受け、足元では再びの時短やシフト制を敷いているが、松崎氏は「連休明けには通常勤務に戻し、地方への出張も再開できるのではないか」と語る。(随時掲載)

現場の声、何より尊重 松崎宏中国総代表に聞く

 - 駐在員退避の有無の判断では賛否もあったと思います。

 「今でこそ、当時の判断は正しかったと社内で言われるが、感染者が多数発生していたら真逆の評価を下されただろう。社員が大きな病気や怪我をするリスクも抱えていた。リスクはゼロにはできず、どこかで判断せざるを得ない。とにかく、現場の意見に耳を傾けることを優先した。生産拠点の有無で対応は異なるだろうし、地域ごとのレギュレーションも違う。もう一度似たような疫病が発生した時、また同じ行動をとれば良いわけでもないと思う」

 - 化学企業の多くは、操業を継続しました。

 「パイプラインで他社とつながり、周辺各社や顧客も工場を動かそうとしていた。われわれが生産を止めることで途切れる供給網もある。衛生用品だって作れなくなる。化学工場は想定外の急停止や急稼働が最も危険であるのはご存じの通り。現場の駐在員は不安を抱える中でも総合的に判断し、帰国したいという声は耳にしなかった。個々の立場でよく頑張ってくれた」
 - 足元の事業環境について。第2四半期(4~6月)以降どうみますか。

 「半導体関連材料やメガネレンズモノマーなどの販売は堅調だ。自動車関連こそ荷動きが鈍いが、1~3月だけみると落ち込みは軽微だ。ただ、外需は長期の低迷が予想され、輸出は厳しい。失業率が高まるなど国内景気も予断を許さない。当面は内需を着実につかまえ、機能製品などの拡販に努めたい。今後はリモートワークのための体制整備、近隣事務所への作業移管によるBCP強化なども検討していくつもりだ」

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