デジタル技術を利活用して病院に行かずに参加できる新たな臨床試験「分散化臨床試験」(DCT)への関心が日本でも高まりつつある。在宅治験、リモート治験、あるいはバーチャル治験とも呼ばれるDCTは、すでに海外では一般的。欧米だけでなく、中国など新興国でも急速に浸透し、コロナ禍によって、さらに弾みが付いた。複数の国や地域で行うグローバル治験では、DCTが前提となる案件も増加傾向にある。日本もDCTの普及・定着に向け、急ぐ必要がある。

 日本製薬工業協会の資料では、DCTを「実施医療機関への来院に依存せず、新しい技術や手法を使って、計画通りに質を保ち、必要なデータを収集し、被験者の安全性を担保し、かつ負担を減らし、実施する臨床試験」と定義する。インターネットやウエアラブルデバイスの発展が背景にあり、患者負担も減らせることから近年、製薬業界などが掲げる「患者中心の新薬開発」「患者中心の臨床試験」という流れにも沿う。米国を筆頭に海外では国によっては10年近い歴史を持つ。

 治験内容の説明や同意の取得はインターネット経由で行い、診療もオンラインで実施する。投与する医薬品などは宅配で届ける。生体情報はウエアラブルデバイスで収集するため、今まで以上に精度の高いデータが取得できるとの見方もある。何より通院の必要がなくなるため、広く治験参加者を募れるようになるのもDCTのメリットだ。開発期間の短縮やコスト削減につながるとの期待も大きい。

 利点は多いが国内で普及・定着が進まない要因の一つとして、治験を行う医療機関の受け入れ体制が整っていないとの指摘がある。新しい仕組みに切り替えるには現場に負担がかかる。人手不足が問題になっている現状では、なおさらだ。心理的不安も含め、医療機関がDCTを抵抗なく導入できるような支援体制を組むことが欠かせない。

 さらなる規制緩和も、いぜん重要。厚生労働省が見直しを進めるとともに政府の規制改革推進会議もテーマに取り上げ、改革を後押しする。ただ現場から「妨げになる規制は、ほぼ解消のめどを得た」との声が上がる半面「規制当局の見解を、より明確にしてほしい」との意見も根強い。官民のていねいな対話で障壁を取り除いてほしい。

 外資系を中心に日本でもDCTの取り組みは徐々に進むものの、製薬企業の多くは様子見の姿勢を示す。各社が一歩踏み出すための勇気を得るためにも、国内でDCTを行った際の気付きや課題を共有する場を立ち上げることも大切ではないか。

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