化学会社の役員で研究トップを務める女性との取材が終わり雑談に移った際、同席していた新卒の女性広報部員が「採用面接の時に女性の役員がいると知って勇気をもらった」と打ち明けていた。当の役員は、自身の存在がそんな影響を与えていたとは「考えもしなかった」と面食らった様子だった。

 少子化を背景に、多くの化学会社が採用に苦慮している。女性の入社意欲を高めようと設備を刷新したり、育児休暇を手厚くするなど、働く環境を整える動きも増えた。だが実際に女性が役員に名を連ねる例は、まだ少ない。

 この若手広報部員の例のごとく、女性が要職に就くことには数字では測れない意義がある。ロールモデルがあれば、後に続く者はキャリアプランを描きやすい。しかし裏を返せば(別の化学企業で働く女性の言だが)「女性が要職に就くことが注目されること自体、男社会の古い体質が残っている証拠」。男女比云々ではなく、能力や実績、適性のある人材が評価される土壌があり、そのなかで選ばれた人材なら、性別など、どちらでもいいのが本来の姿だろう。

 奇しくも新型コロナウイルスの感染拡大が、女性が活躍する環境を創出するきっかけになるとの見方もある。家庭の事情で転勤や長期海外出張ができないことが女性の出世を妨げる理由の一つになっていたとしたら、リモートワークの普及が彼女らを解放するからだ。

 サステナブル社会の実現に向け、製造業は自身の製造プロセスだけでなく、自社が属するサプライチェーン、あるいは最終製品が環境に与える影響をも考慮し、事業ポートフォリオを検討する時代になった。多くの変数を踏まえて収益を成長させることに悩む経営者も多いが、女性の視点を加えた複眼的なアプローチによって活路が開けるかもしれない。少なくとも従来の価値観だけで、未曽有の複雑な世界に適応していくことが難しいのは間違いない。

 ただ理想と現実は遠い。国家間の主導権争いがビジネスの健全性を捻じ曲げる現象を、われわれは、まさにいま目にしている。企業における女性の活躍も経営サイドの思惑次第で結果はどちらにも転ぶ。

 冒頭の役員は結婚、出産を経て復職。仕事に勤しみ、実績を重ねた結果、役員となった。その姿を見て、若手社員の心に希望が胚胎した。このサイクルが生まれたのは、当時の社長が彼女を抜擢するアクションを起こしたからだ。いま溢れている理念はいずれも素晴らしい。しかしモーションだけでは、変化はいつまでも起こらない。

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