生物多様性条約の事務局長に先ごろ、エリザベス・マルマ・ムレマ氏が選ばれた。就任にあたり「進行中のコロナ危機は、すでにわれわれが知っていること、すなわち生物多様性が人類の健康の基盤であることを再確認させた」と語った。しかし少なくとも日本で「生物多様性」は、あまり知られていない。

 内閣府が昨年夏に18歳以上の国民3000人を対象に行ったアンケートでは「生物多様性」の言葉を「聞いたこともない」との答えが約半数。「言葉だけ知っていた」が約3割、「意味まで知っていた」は2割に過ぎなかった。企業を対象に行った経団連の調査でも、一般より認知度が高いといえるものの、会員340社の回答では、従業員層で言葉の意味を知っていたのは約半数にとどまった。

 新型コロナウイルスの感染拡大は、こういった意識を変える契機になるかもしれない。感染症の拡大は、無秩序な自然の開発、つまり生物多様性の破壊によって野生生物と人の距離が縮まり、潜んでいたウイルスが人間社会に持ち込まれた可能性が指摘されているからだ。

 新型コロナウイルスはコウモリが起源と考えられている。2012年のMERS(中東呼吸器症候群)コロナウイルスは、もともとヒトコブラクダが保有していた。02年のSARS(重症急性呼吸器症候群)もコウモリが由来とされる。20年足らずの間に3度も新たな感染症に見舞われるのは異常な頻度だ。

 10年に名古屋市で開かれた第10回生物多様性条約締約国会議(COP10)で合意された「愛知目標」では、生物多様性の損失をとどめるため20年までに実現すべき具体的な目標が掲げられた。11年から今年までの10年間は国連総会で決議された「生物多様性の10年」とされた。しかし取り組みは思うように進まず、政府間組織IPBESは19年に愛知目標の多くが未達成に終わると報告した。今年10月に仕切り直しともいえる「ポスト愛知目標」を第15回締約国会議(COP15)で決議する予定だった。それが生物多様性の破壊が招いた新型コロナウイルスの感染拡大によって延期されたとは皮肉な話だ。

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、われわれは改めて生物多様性と向き合うことになった。ポスト愛知目標には、30年に向けた自然との共生に向けた具体的な目標と実施メカニズムの設定が期待されている。新事務局長は「私の当面の優先事項は、20年以降の強固で野心的・世界的な生物多様性の枠組みを策定するための交渉を成功させることだ」と語っている。新たな10年に期待したい。

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