2014年6月に施行された健康・医療戦略推進法には「医療分野の研究開発の成果の実用化に際し、その品質、有効性および安全性を科学的知見に基づき適正かつ迅速に予測、評価及び判断することに関する科学の振興」との一文がある。科学技術を人や社会に望ましいかたちで実装していくために、科学的根拠に基づき規制や審査も高度化する「レギュラトリーサイエンス」の推進を謳っている。近年、この思想の下、最先端の医療が開発・承認されてきた。

 新型コロナウイルス感染症の治療薬開発は、まさにレギュラトリーサイエンスの真髄を発揮する局面だ。新型コロナはパンデミックに至り、日本も医療崩壊など深刻な事態にある。ただワクチンや治療薬がないからといって、科学的根拠が十分積み上がっていない薬を早期承認するというシナリオは誤りだ。

 米ギリアドが開発した「レムデシビル」は、米国が緊急使用許可を認めたことを踏まえて日本は7日に特例承認した。承認の根拠は患者1063症例に及ぶ治験の結果だ。実薬投与と、有効成分を含まない偽薬を投与した群を比較すると、実薬群の症状回復が約3割早く、両群間に有意差が示された。

 「31%は100%効くレベルでない。だが新型コロナへの抗ウイルス効果を立証した」-。米研究機関所長の発言がすべてを物語る。特効薬になり得ないが、承認審査に耐え得る質を担保した治験を経た結果であり、信頼に足る。承認薬の存在しない現状、レギュラトリーサイエンスの観点からギリギリ認められるというところだろう。

 臨床研究や治験中の医薬品を期限まで設けて承認方針を示すのもおかしな話だが、「5月中承認」が騒がれる「アビガン」などの治療薬候補は、レムデシビルとは異なる土俵で検討する必要がある。別の適応症で承認ずみであり「適応外処方」として医師の判断で新型コロナの治療に現状でも使えるからだ。

 ところが厚生労働省は「医薬品医療機器等法が定める治験の資料を提出しなくても、公的研究で一定の有効性を確認できれば承認申請を認める」と超法規的な解釈を先ごろ表明した。仮に臨床研究で有用性が分かっても、薬事承認を得るには、症例数を増やし、ランダム化比較など厳格な試験を経て研究成果を再現する-というのが、長年積み上げてきた医療業界の共通認識のはずではないか。

 レギュラトリーサイエンスの思想を曲げてまで早期承認にこだわる理由はあるのか。拙速な判断で禍根を残すという同じ轍を踏むべきではない。国民が望むのは科学的根拠を持つ薬だ。

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