タイで再び政治的な分断が表面化している。タイ政府は反政府デモが続く首都バンコクで今月15日、非常事態宣言を発令した。3月に発令した新型コロナウイルス対応の非常事態宣言を6度も延長するなか、学生や野党は国軍出身のプラユット政権が強権を乱用しているとして退陣や憲法改正などを要求。さらに、タブーとされている王室批判まで展開する従来にない動きも出始め、力でねじ伏せる格好だ。政府や王室は国民の信頼を取り戻せるよう自らの行動をみつめ直す必要がある。
 昨年3月の総選挙を経て軍政を率いていたプラユット首相が続投しているが、今年に入り若者らに支持されていた野党第二党の新未来党が解党させられて以降、反政府活動が頻発している。これまで保守的とされてきた国立のチュラロンコン大学やタマサート大学、チェンマイ大学などでも現政権を批判する抗議集会が開かれるほど、若者たちの不満は噴出している。
 タイ政府は今年3月、新型コロナ対応の非常事態宣言を発令し実際、感染者は押さえ込まれている。ただし、これまでに6度も宣言を延長。野党や学生らは強権乱用と批判し、首相府前などで反政府デモを繰り広げてきた。彼らの主張はプラユット退陣や憲法改正、総選挙にとどまらず、タブーである王室批判にまで及ぶ。現国王は一年の多くを国外で過ごし、その費用は膨大といわれる。「足るを知る経済」を提唱し質素な生活を送り、国民の信頼が絶大だった前国王と対照的である。
 タイでは、王室を批判したり侮辱したりすると不敬罪が成立し、最長15年の禁固刑が課される。しかし9月に王宮前広場で行われたデモには若者を中心に数万人が集結。王室に対する表現の自由や王室予算の透明化を主張するなど、タブーを恐れない行動は、これまでみられなかったものだ。しかし国王や王室はタブーであることに胡座をかき、国民の声に耳を傾けない。事態を重く受け止め、信頼を取り戻す行動を起こさなければ威信は地に落ちよう。
 プラユット政権も、強権乱用と批判されても仕方のない、これまでの行動を省み、次代を担う若者たちの声に真摯に向き合う必要があろう。コロナに託けた非常事態宣言の6度に及ぶ延長は、やり過ぎの感がある。さらに5人以上の集会を禁じ、言論統制を強化できる今回の非常事態宣言は、根本的な解決につながらず、問題を先送りしているに過ぎない。
 タイ経済は1998年の通貨危機以来の低迷から、ようやく回復の光がみえ始めている。その光を遮ってはならない。

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