新型コロナウイルスの世界の1日当たり感染者数が再び50万人を超え始めている。インドネシアや英国は、それぞれ5万人を超えた。1万人を超えたタイなど再びロックダウンに踏み切る国もある。一方、ワクチンの開発と接種が驚異的なスピードで広がり、重症化を低減するなど効果を上げているのも事実。既存のワクチンと異なり、低用量など特徴を持った国産ワクチンの開発も鋭意進んでいる。コロナ変異株への対応はもちろん、コロナ収束後も新たなパンデミックに備える必要があろう。人類はコロナという未曾有の脅威を教訓に、そのノウハウを次の戦いに生かす努力を怠ってはならない。

 ワクチンの普及で脚光を浴びているのがメッセンジャーRNA(mRNA)。米ファイザーや米モデルナなどが、このタイプのワクチンを実用化している。遺伝物質の一つであるmRNAを医薬に用いるコンセプトは1990年代からあったが、体内に入れるとすぐに分解されてしまうほか、細胞が炎症反応を起こすため、活用が難しいと考えられてきた。これまでの常識を打ち破り、ワクチンとして実用化したのがファイザーやモデルナだが、mRNAを長年研究してきた女性科学者であるカタリン・カリコ氏による功績がベースにある。

 ハンガリー出身であるカリコ氏の研究は、長らく日の目を見ることがなかった。この分野の主役は常にDNAであり、ハンガリーを後にし、米国に移って研究を続けたものの、mRNAが表舞台に登場することはなかった。研究費を減らされたり、ポストを降格されたり、カリコ氏の研究人生は苦難の連続であったようだ。

 そうしたなかカリコ氏はtRNAという別のRNAは炎症反応を起こさないことを発見する。mRNAを構成する物質であるウリジンを、tRNAで一般的なシュウドウリジンに置き換えたところ、炎症が抑えられるとともに、たんぱく質を従来より多量に産出することを見いだす。この研究論文に注目した独ビオンテックがカリコ氏を引き抜き、ビオンテックはファイザーとともにワクチンの実用化にこぎ着けた。

 mRNAはコロナワクチンのみならず、がんや希少疾患などの医薬開発にも生かされそうだ。さらにmRNAのサプライチェーンは、核酸、酵素、油脂など日系企業が得意とする原材料も少なくない。シュウドウリジンでは、ヤマサ醤油が世界に数社しかないメーカーの一つだ。化学企業による開発や事業化も相次いでいる。次のパンデミックに備え、こうした知見やノウハウの積み上げが期待される。

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