三菱ケミカルホールディングスが1日に発表した向こう5年間の新経営方針は、持株会社経営の見直し、石油化学と炭素事業の分離といった化学業界に驚きを与える大変革を打ち出しただけでなく、日本の再生医療製品の開発にも一石を投じた。

 4月に就任したジョンマーク・ギルソン社長が説明会で語ったのは、グループ会社が脳梗塞や神経難病などを対象に開発を進めてきた再生医療製品「Muse(ミューズ)細胞」の承認申請をいったん見送るという内容だ。当初、2021年度中に申請し、22年度に承認を取得する目標を描いていた。

 国際的にオーソライズされた開発の道のりを経ていないことが承認申請を見送る理由だ。ミューズ細胞は、日本で「条件付き早期承認制度」の活用を見据えていた。14年に導入された同制度は、通常は3段階を経る治験の最後の第3相臨床試験を行わずに、中間段階までの治験で一定程度の有効性と安全性を確認できれば、厚生労働省が承認申請を受け付け、承認の可否を優先審査するという制度だ。

 希少疾患や難病の新薬や再生医療製品に「仮免許」を与えて、いち早く実用化するのが狙い。省略する第3相試験は承認後に保険診療の枠組みの中で一定の条件の下で実施し、有用性を立証できれば正式承認する。逆に仮免許を取り消すこともある。

 一方で、この制度は海外から評判が悪い。第3相では多数の患者を対象に、偽薬や既存薬と比較する二重盲検試験を行う。どの薬剤が投与されたかは医師、患者とも分からず、厳密に効果を見極められる。先端技術だからこそ、こうした治験での検証が欠かせない。これを省き、急いで承認すれば患者が不利益を被りかねないなどの指摘がある。

 医薬品など医療技術は、国境を越えて世界の皆が恩恵を享受できるグローバル型の商材だ。ガラパゴス化した制度の下で承認を得ても、市場規模の大きい米国や欧州では新たな治験を求められ、遠回りになりかねない。ギルソン社長は日本の他に海外の規制当局と相談したうえで、二重盲検無作為化試験を実施することを決めたと話した。「10年以内に収益に貢献することは期待できない」が、世界標準の下で科学的理解を深めたいとの判断だ。

 ミューズ細胞は、日本で開発が進む再生医療の中で承認申請に最も近い案件だった。海外の批判を受けて、厚労省が再生医療の承認審査に慎重な姿勢を見せる事例も、すでに見受けられるだけに、今回の申請見送りの決断が波紋を広げ、再生医療市場に影響を与える可能性がある。

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