切迫感がないと人の行動はなかなか変わらない。逆も然りで、危険が差し迫ると行動を妨げていた壁は取り払われやすい。情報をベースとした認識の変化であり、消費行動の変容にも通じる。

 ここ数年、猛暑で日傘を差す男性を見かけるようになった。熱中症に対する危機感が募り、固定観念が取り払われた結果、表れた変化だ。このような極端な外部環境の変化がなくても、異なる方向から何らかのリスクが認識されると、行動変容のきっかけになり得るだろう。

 消費者が自分の肌に、どのような魅力を求めるのかを考えると、まず重きを置くのは「美」である。化粧品メーカーは、美の実現のための基礎研究、製品開発、マーケティングをコア事業に位置づけている。シミやシワ、肌荒れのない状態が「理想」として消費者の間に遍在しており、台頭した男性用化粧品でも根本的に変わらない。

 一方、化粧品業界では肌がバリア機能を有していることは常識だが、その奥にある意味が消費者にどれだけ伝わっているかは疑問である。

 バリアは外部から体内への細菌など異物の侵入を防ぐ、肌が本来持っている機能であり、その維持には保湿などのケアが有効とされている。体が健康なら肌も美しいという認識は定着しつつある。ならば「健康のためにも肌をケアすべき」といった逆方向からの価値観が広まれば、化粧品の必要性を感じていない男性顧客の需要喚起にもつながるはずだ。しかし現状は必ずしも、そうなっていない。

 化粧品メーカーの担当者に商品をアピールする際に「予防や未病の切り口が少ないのはなぜか」と尋ねたことがある。すると「従来は肌の美しさを気にする顧客層に焦点を当てていた。また医薬品ではないため消費者とのコミュニケーションに制約がある」という答えだった。

 化粧品メーカーの基礎研究は、医学領域に近いものや革新的テーマも数多いが、研究成果と商品を結びつけられないジレンマが業界に蔓延しているのも事実だ。

 法律を逸脱した販売方法が禁じられるのは当然のこと。この際、業界として、サプリメントや健康食品業界の機能性表示食品制度に倣い、研究成果を反映した商品の特徴を伝えられる制度作りに動くのも一策と言える。

 一方で、個別製品のマーケティング投資に傾き過ぎている印象も拭えない。長期的な視点に立って皮膚の構造や役割、ケアの重要性など、市場の底上げにつながる基本的な情報の発信、啓蒙活動が、もっと強化されてもよいのではないか。

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