新型肺炎の感染拡大で世界的に経済活動が大幅に制限されている。これほどの規模で同時にヒト、モノ、カネの動きが止まるのは史上初ともいわれるが、問われているのは景気や経済の今後だけではない。ドイツのメルケル首相は3月18日、外出制限発令に際し行ったテレビ演説で「民主主義制度下では移動・外出制限は最低限かつ時限的に許されるべきだが、国民の生命を守るため必要な措置」(英訳に基づく)と述べた。憲法上保障された基本的人権を長期間、大幅に制限せざるを得ない程、われわれは極めて切迫した状況に置かれているということだ。
 化学産業も世界中で実施される都市封鎖措置の影響を受けている。日系化学企業の生産拠点が多いシンガポールやマレーシア、タイでは各社苦心して複数チームによる設備の運営シフトを敷いている。マレーシア政府が原則国境を封鎖したため、30万人に上るシンガポールへの通勤者の大部分が足止めされた。中には化学プラントが集積するジュロン島に通勤するマレーシア人もいる。シンガポール政府はこうした通勤者用の臨時宿泊所を設け、化学企業も独自に宿泊場所を確保するなど対応に追われた。
 4月半ばまでの全土外出禁止が発令されたインドでは、3月初めから日本人向け診療仲介サービスが一部停止されるなどの影響が出ていた。2月時点で駐在員の退去を検討した日系企業もあり、このほど化学業界を含む多くの駐在員が臨時便で慌ただしく同国を一時退去した。いま食料調達すら困難で、医療体制にも不安がある同国で、地方都市にいたため退去が遅れた駐在員もいる。
 未曽有の危機にあって化学産業は、感染拡大防止や社会生活安定化に重要な役割を担っている。足元、原油は1バーレル30ドルを大きく割り、化学品市況への波及も懸念されるが、24時間運転が基本の化学設備は稼働を続け、製品を安定供給している。
 欧州では手の除菌などに使う薬剤が不足しているため、各国当局の要請に応えドイツでBASFやダウが、英国ではイネオスが急きょ除菌剤の臨時生産を発表した。タイでも国営医薬品メーカーが同様の対応を取る。
 米国政府は3月19日、感染拡大下で社会の安定に不可欠な役割を担う16産業を指定し、安定継続を支援すると発表した。その中には化学も含まれる。食品や飲料の長期保存に不可欠なバリア性包装材料や、いわゆる中食用の包装材料も外出制限された人々の生活を支えている。こうした状況下だからこそ、化学産業が担う幅広い役割をもう一度考えたい。

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