化学企業の“変態”には戦略が求められる。保有する技術や製品を生かし、商機を求めて新分野に進出する際の話である。とくにファインケミカルの世界では、市場ニーズに応じて開発した製品の本質的な機能を見過ごしてはならない。取引先の要求を、どれだけ満たせたかという度合いではない。素材の本来の機能、スペックを実現するための技術、もっと広げて生産設備を、別の角度からみつめれば他市場のボトルネックを解消できる可能性がある。
 技術・製品を棚卸しし、マイナーチェンジして他分野へ展開する試みは、多くの企業にみられる。その際、中核的な役割を果たす研究開発・製品企画担当と、ユーザーと直に接する営業部門を有機的に連携させることが重要であり、より深いニーズ探索も欠かせない。ニーズから逆算して製品開発へとつなげるアプローチがあるが、さまざまな条件・前提が欠かせない。また横展開も、そう簡単ではなかろう。そこで提供する価値のスケールアップに注目したい。
 どうスケールアップするかは複数価値の組み合わせが一つの答えになり得る。単一価値の横展開に焦点を合わせるのではなく、素材のハイブリッド化や川下の技術・製品と組み合わせるアプリケーション開発など、2つ以上の価値が合わさった次元の違う価値の創出だ。そうすれば自社の視座が変わり、新しい風景が現れてくるはず。別の保有する技術があれば組み合わせを検討し、なければ共同開発やオープンイノベーションが選択肢となる。
 大事なのは自社に主導権を残すことである。加えて市場創造の精度を高めるために、深い自社分析が欠かせない。まず自社の保有価値を過小評価しないこと。そのうえで“寄木細工”的な発想が求められる。もちろん開発した製品やサービスの明確な展開先がなければ、事業化のめどは立たない。しかし展開先を明確にして逆算する場合であっても、提供できる価値を十分に理解していないと市場がみつかっても自社の席を見いだせず、徒労に終わりかねない。
 世界は新型コロナウイルスの感染拡大で変わってしまった。環境の変化に適応することが生き残りにつながるのであれば、化学企業には技術的に自己変態できる能力がある。恵まれた資質と言ってよいだろう。そう認識したうえでガラパゴス的な固定概念を自ら打ち破れば、イノベーションを起こせるはずだ。もはや使い古された言葉「イノベーション」。実態をみれば既存技術の組み合わせである。輪郭が浮かびつつあるニーズを大胆な発想で満たしてほしい。

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