年間8000人以上-。日本における抗生物質(抗菌薬)の効かない薬剤耐性(AMR)細菌による死亡者数だ。年々増加一途で、減る傾向にある交通事故死の倍以上に上る。社会への影響は決して小さくない。関係者がAMR対策に知恵を絞るのはもちろん、国民の認知を高める啓発も欠かせない。
 AMRによる死亡者数の把握は初めてで、国立国際医療研究センター病院が調査した。2017年にメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)とフルオロキノロン耐性大腸菌(FQREC)によって、それぞれ4224人、3915人が亡くなった。調査当初の11年はMRSAは5924人で、17年にかけて次第に減少した。一方でFQRECは11年の2045人から増える傾向にある。細菌の勢力図は時代によって変わり、現在はFQRECが猛威を振るう。
 国連「持続可能な開発目標」(SDGs)でも重点課題に挙げられているように、AMR問題は世界的に深刻だ。米国では年3・5万人以上、欧州では年3・3万人が死亡している。国際社会が何も対策をとらず、耐性率が現在のペースで増加した場合、50年には年間1000万人が死亡するとの予測もある。この数は現在のがんによる死亡者数を上回る。
 AMRが広がる背景の一つは抗生物質の乱用だ。菌種に応じた薬を投与しなければ耐性菌を増やし、投薬量が少ないことも菌の耐性化を促す。また、風邪に抗生物質は効かない。日本の抗生物質の使用量が特段多いわけではないが、不適切使用とAMRの関係について医療従事者が理解を深める必要がある。
 新しい抗生物質の開発が停滞していることも課題だ。日本は1990年前後、年に20品目以上の抗菌薬が開発されたが、10年以降は1ケタ台前半に落ち込んだ。米国でも承認数は激減し、そもそもAMRに優れた効果を発揮する新薬がないという事実がある。
 製薬会社が感染症を横に置く背景には抗菌薬が儲からないからだ。00年から17年に承認された抗菌薬16品のうち、年間の売上高が1億ドルを超えたのはたった5品。製薬大手は高額薬価を期待できるバイオ医薬品をがんや難病向けに開発し、感染症からは相次ぎ撤退している。
 創薬が止まれば精通する研究者が減少し、新薬が生まれない負のスパイラルは加速する。幸い遺伝子検査やデジタル技術の革新で、感染症の流行実態をより詳しく把握できるようになった。AMR対策では多くの国際連携が進行している。英知を結集し、人類の保健衛生上の不安を取り除いてほしい。

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