化学企業による事業ポートフォリオ組み替えが加速している。デジタルやバイオといった科学技術の急速な進歩、気候変動をはじめとする環境意識の高まりなど取り巻く環境変化は激しく、到来する新しい社会にソリューションを提供する企業体へ脱皮するには、体力のある今から準備しなければ間に合わない。慣習やしがらみにとらわれることなく、大胆な発想と決断、実行力が求められている。

 三菱ケミカルホールディングス(HD)は、自動車の排ガス浄化装置に使うアルミナ繊維事業を850億円で米投資ファンドに売却すると発表した。ガソリン車に搭載する排ガス浄化装置を保護するクッション材として使われ、超高温でも安定した機能を維持できる。三菱ケミカルは世界最大手で、デンカと米ユニフラックスを含めた3社の寡占にあり、一時は「ドル箱」と呼ばれるほど高収益を稼いだこともある。

 EV(電気自動車)化が進むとはいえ、すぐガソリン車がゼロになるわけではなく当面、安定成長する事業として持っておこうというのが、これまで日本の化学企業にみられたスタンス。しかし事業の撤退や売却といった出口戦略のタイミングを誤れば、損失を蒙るリスクが増大する。アルミナ繊維事業の資産計約285億円、負債計約39億円を前提とすると、プレミアムが大きく上乗せされているとみていいだろう。高値で売れるチャンスを逃すべきではないという姿勢がうかがえる。

 4月から三菱ケミカルHD社長を務めるジョンマーク・ギルソン氏のミッションは、まず財務基盤を強化し、事業ポートフォリオを組み替えることにある。同社のネットD/Eレシオは田辺三菱製薬の完全子会社化によって20年3月末時点で1・79倍まで膨らみ、今年6月末時点で1・65倍まで低下しているものの、いぜん高水準だ。同事業の売却だけでは目標とする1・0以下に届かず、さらなる事業売却が必至。同時に成長分野での買収機会もうかがう必要があり「ギルソン改革」の次の手に注目が集まる。

 一方、石化事業の再編検討について、ギルソン社長は8月の会見時に「日本のエネルギー政策が明確になっていないなか判断できない」と話した。クリーンエネルギーの価格はどうなるのか、原子力発電をどうするのかなど方向性がみえなければ、循環社会に適合する次世代のコンビナートに組み替える構想も画餅に帰す可能性がある。石化産業が人々の生活や各産業に不可欠な材料を安定供給しつつ、新しいコンビナートへ変貌できるよう真剣な議論を尽くす必要がある。

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