現下のコロナ禍では、日本で約1万3千人が死亡しているが、およそ100年前、3波にわたったスペイン風邪の大流行では約40万人の命が奪われたという。文豪と言われる人たちがいろんな記録を残しており、いまも昔もウイルスによる感染症を恐れる気持ちに変わりがないことが知られる▼名作誕生のきっかけにもなっている。川端康成は感染が広がりつつある東京を避け、伊豆を訪れている。この旅で出会った旅芸人一座との思い出から『伊豆の踊子』が生まれた。志賀直哉は『流行感冒』でいまでいう三密回避など徹底した感染防止対策をとった様子を書いている▼与謝野晶子は、家族が次々と感染してしまったことを受け新聞に「多くの人間の密集する場所の一時的休業」を政府はなぜいち早く命じなかったかと書いた。芥川龍之介は感染、そして再感染し辞世の句をしたためたという▼このほど現代歌人協会が「2020年 コロナ禍歌集」を刊行した。571人の歌人のコロナ禍をテーマにした一首が集まった。〈人類は「パンツをはいたサル」であり「マスクをつけたサル」ともなった〉(香川ヒサ)、〈人はいつか逝かねばならぬさはあれどさはあれどそがトリアージとは〉(湊明子)。文学は日本人の心の記録であり、社会批評であることを思い知らされた。(21・6・2)

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