コラム「精留塔」はこのふた月以上、ほぼ欠かさずコロナにつきあってきた。コロナを書かなければならないと強く迫られているようだった。しかしそれは、コロナを書いていればテーマ選択の的確性を問われずに済みそうな「許された時間」でもあった▼当欄もアフターコロナに転位していかなければならない。まずは、付かず離れず、あたりからだろうが、常態ともいうべきフェーズから脱けていく案配は意外に難しい。コロナにまったく関係ない内容で書き始めて途中で挫折したことが何度かあったほどである▼出口治明氏は『哲学と宗教全史』で、南イタリアに上陸したペストとルネサンスの関係をこんなふうに書いている。ペストの脅威にさらされた人たちは、神にすがるか、神の手を離れるか、という神と人間についての根本的命題を突きつけられた。これがギリシャ・ローマの古典の復活とともに、ルネサンスの潮流を呼び起こす大きな引き金となった、というのである▼カミュの『ペスト』、小松左京の『復活の日』などを、このテレワークの日々の夜長に読み継いだ。私たちは怖れる存在であるとともに、そこを脱しようと願い、考え、実際に新たな時代を築いてきた存在でもある。悩める者は古典に還る。語り継がれてきた教訓を、いままた噛みしめるだけである。(20・6・17)

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